ビジネスとは詭道(イノベーション)なり

ビジネスとは詭道(イノベーション)なり

 

孫子とは?

孫子を知らない方はたぶんいないでしょう。しかし、その実像は謎に包まれています。例えば、「孫子」という言葉は、その著書の名前と著者の名前の両方に使われます。著書の方は、途中で色々変化を遂げたにせよ現在まで連綿と伝わっていますが、著者の方は、実在したのかどうかさえ議論があるところです。春秋時代の武将である孫武であるとの説が有力ですが、その他に子孫と言われる孫臏(そんぴん)が著した孫臏兵法もあります。本連載では、一般に「孫子の兵法」としてよく知られている、孫武が著したとされる書物を基本にお話していきます。

 

三賢人とは

 古代から現在に至るまで賢人と呼ばれる人々はたくさんいますが、本連載で三賢人と呼ぶ場合には「ピーター・F・ドラッカー」「ウォーレン・E・バフェット」「マイケル・E・ポーター」を指します。世界を見渡せば、経済・経営の分野において賢人と呼ばれる人々はたくさん存在しますが、その中でもこの3名の経営・ビジネスに対する考え方は突出して優れています。

また、特にドラッカーとバフェットにおいて顕著ですが、西欧流の目の前の作物を刈り取る焼き畑農業的なビジネスではなく、長期的視野で作物を育てるビジネスを志向している点が特徴的です。ドラッカーは日本の水墨画のコレクターとしても有名ですが、米国よりも日本の方がその著作が売れていることから考えても、長期的視野でビジネスを考えていることは明らかです。

バフェットも「長期的視野」で投資することで有名であり「永久保有銘柄」とネーミングして、未来永劫売却しない企業もあります(実際には、数十年の間には売却することもあるのですが・・・)。さらに、バフェット率いるバークシャーでは、厳しい実力主義にも関わらず、解雇をしない「終身雇用の実力主義」を実践しています。

ポーターは、前記二人を「哲学者」と呼ぶならば、「研究者」です。ドラッカーとバフェットが指し示す道筋を、膨大な実践的な調査・研究で体系化したといえるでしょう。

 

孫子と三賢人

 孫子と三賢人の間には具体的には何のつながりもありません。時間的(歴史的)空間的(洋の東西)にも接点は見出せません。それでも、三賢人と孫子の思想の間には、根本的な部分で大きなつながりがあると考えます。実際、孫子は欧米の軍事戦略家だけではなく、経営者・ビジネスマンにも広く読まれており、主流ではないにせよ欧米のビジネス・経営に一定の影響を与えています。本連載では、孫子の教えとビジネス・経営との接点を中心に解説しながら、三賢人の教えの中で孫子と共通するものにも触れていきます。

 

長期的視野においてこそイノベーションが重要である

「長期的視野」という話をすると、「イノベーション」とあまり関係無いように思われがちですが、事実は全く逆です。イノベーションとあまり関係無いのは、むしろ「短期的視野」です。短期的なことだけを考えれば、過去の(成功の)惰性だけでやっておけばよいのであって、イノベーションを行うための手間と費用をかける意味などありません。実際、将来のイノベーションのための投資を行わずに費用を節約し、目先の売り上げと利益をかさ上げすることによって株価を上昇させ、自らが保有するストックオプションの行使に有利なるようにする、あるいは。過大なボーナスを受け取る経営者は(特に米国において)珍しくありません。

 それに対して、長期的に企業を発展させようとすればイノベーションは欠かせません。どのような優れたビジネスモデルも時の流れとともに陳腐化するからです。特に、インターネットをはじめとする情報流通の平等化(情報の非対称性の減少)によって、消費者の消費行動のスピードが加速していると考えられるため、ビジネスモデルの陳腐化が益々早まっています。

孫子が述べる詭道(ゲリラ戦)は、定石に対する言葉です。囲碁や将棋においてそのルールは滅多に変わりませんが、ビジネスの戦いにおいては戦場である市場が常にその形を変えていますから、定石が詭道(イノベーション)によって覆される可能性も高まります。

 詭道であったものがその成功で定石になり、その定石もまた別の軌道によって打ち破られるのがビジネスの世界です。

 

イノベーション(詭道)と式年遷宮

「日本は変化を嫌う保守的な社会である」という論調が多く見られますが、これは根本的部分において間違っています。もし、日本がイノベーションを避ける社会であったならば、1300年もの長き(歴史資料があるだけでも)にわたって、国を維持することができたはずがありません。不思議の国のアリスの「赤の女王」は、「同じ場所にとどまるために全力疾走」しますが、国家もその体制を維持するためには全力でイノベーションを続けなければなりません。逆にイノベーションを持続できない国家は(歴史上の多くのケースが示すように)消滅するのです。

日本のイノベーションの素晴らしさは、神宮(いわゆる伊勢神宮)の式年遷宮に代表されます。20年ごとに社殿を取り壊して立て直すなどということを、持統天皇4年(690年)以来1300年以上続けてきた国など世界中を探してもほかに見当たりません。

過去のものをすべて捨て去って(禊)、新たに挑戦するイノベーション精神こそが日本文化の源流にあり、そのチャレンジ精神こそが日本を1300年以上にわたって繁栄させてきた鍵なのです。

 

欧米流のイノベーションと日本流のイノベーション

物事を「大局」「中局」「小局」に分けてみましょう。欧米流のイノベーションが注目し、得意とするのは「小局」=目の前の事柄に対するイノベーションです。目の前のことだから、すぐに効果が出て、世間からも注目されます。それに対して日本流のイノベーションは「大局」を得意とします。よく言われるように、明治維新や大東亜戦争(第2次世界大戦)敗戦後の日本の変貌ぶりは驚異的です(「錦の御旗による大転換」と「鬼畜米英からギブ・ミー・チョコレートへ」)。私はこの日本のシステムを「オセロ型社会」と呼んでいます。そして、このような劇的なイノベーションを他国は真似することができません。なぜなら長い歴史の中で、このような危機的状況における劇的イノベーションを行うための「文化的・社会的準備」を行っているのは日本だけだからです。

そして「許し」の文化もイノベーションに大きく貢献します。「過去のことを水に流す」というような表現が日常的に使われるのも日本だけだと思いますが、過去のことを恨んだり、くよくよしていてはイノベーションなどできません。

日本の隣の半島や大陸において、国家ができてはすぐつぶれるのも「昔のことをうじうじと掘り返してすべて他人のせいにする」文化が支配しているからです。このような文化では前向きなイノベーションはなかなか行われません。

日本はたぶん世界最古の「国」(例えば共産主義中国は漢民族が戦後成立させた「国」で、満州族が支配していた清国とはつながりが無い)ですが、先進国では極めて若い「米国」とともに世界のイノベーションを牽引するはずです。

 

文責:大原浩

 

★なお、本レポートは、月刊「産業新潮」において2020年3月号まで全18回にわたって連載された「孫子と三賢人のビジネス」の第1回を転載したものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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