東欧とフランスで親露派が選挙で大躍進の不条理

 

ハンガリーの総選挙とセルビア大統領選挙・総選挙で、親露派が勝利した。EUはハンガリーに補助金削減などで圧力を掛け、セルビアが制裁に加わらないとEU加盟が難しくなると圧力をかけたが徒労に終わった。

フランスでは、ウクライナ紛争初期には、英米との強調に傾くマクロン大統領の支持率が上がって再選は盤石とみられたが、ここへ来て親露派として知られてきた、極右のマリーヌ・ルペンが支持を急速に伸ばして、世論調査によっては誤差の範囲内になってきた。

私はマリーヌ・ルペンの当選可能性をゼロといってきたが、こうなってくると、数パーセント程度の可能性は認めざるを得なくなっている。これまでは、次期総選挙で共産党が政権を獲得する可能性くらいといってきたが、いまや、自公が政権を失うのと同じくらいの可能性にはなった。

西側の包囲網が機能しなくなる嫌な感じが増してきたが、ヨーロッパ政治と長く関わってきたものとして、この複雑な構図を解説したい。

フランス・親露派躍進の分析
どうしてなのかと言われれば、フランスの政治的格言である、「フランス人の心は左に、財布は右にある(Le Français a le coeur à gauche, mais le portefeuille à droite.)」という言葉が全てを説明する。

戦前・戦中の政治家で、文部大臣などをつとめた政治家アナトール・ド・マンジーの言葉だが、進歩的な理想に心を動かされるが、経済的な利益という本音も忘れないといった意味だ。普通には、左翼的理想に共感しつつも、実際の投票行動は、保守派を選ぶことが多いということだ。

そして、今回についていえば、ロシアの横暴を批判しウクライナを助けたいと思うが、それで、ガソリンが上がったり経済が落ち込むのは真っ平だし、ポーランドやバルト三国がロシアと交戦して英米主導で戦争に巻き込まれるのは絶対に嫌だということである。

マクロン大統領の立場は、歴代のフランスの政治家でも、もっとも反ロシアである。したがって、大統領選挙のほかの11人の候補は、すべて、相対的には、ロシア寄りだ。

前回の大統領選挙では、中道派のマクロン大統領が、プーチンの盟友といわれた共和党のフィヨン、やはりプーチンに近くロシアの銀行から政治資金を調達してきたマリーヌ・ルペンの三つ巴だった。フィヨンが金銭スキャンダルで脱落し、マリーヌ・ルペンもロシアのクリミア侵攻に反対せずウクライナから入国禁止になったりして、マクロンが逃げ切った。

今回は、極右がマリー・ルペンが穏健化していると批判し、日本の移民排斥を支持し、フランスのプーチンをめざすとまでいっていたゼムールが出た。さらに、共和党はフィヨンよりは中道寄りだが日本語とロシア語を話すバレリー・ペクレスを選んで、一時は、決選投票に進めば、マクロンに勝つかもといわれた。

また、左派では日本で言えば社民党チックなメランションが有力で、今年のはじめあたりは、マクロンが20%、ペクレス、ルペン、ゼムールが15%、メランションが10%といったところだった。

そこで、マクロンはもっとも手強いライバルとみられたペクレスを落とすために、共和党のサルコジ元大統領を籠絡して、手を握ったことからペクレスは共和党をまとめられなかった。

さらに、ウクライナ紛争が始まると、マクロンは強くロシアを批判する一方、初期はプーチンとも一定の信頼関係を保ち、支持率を30%まで続伸。ペクレスを脱落させた。しかし、マクロンは英米を気にしすぎて大胆さを欠き、調停役の座をトルコのエルドワンに奪われた。

極右二候補では、ゼムールがロシア批判を躊躇ったのに対して、ルペンは素早く従来の親プーチンを覆してそれなりに批判して、ゼムールとの差を広げた。

メランションは、プーチンへの共感は自制しているが、戦争に巻き込まれる恐れを訴えて支持率が急進。

結果、最新の調査では、マクロン27%、ルペン23%、メランションが15%、ペクレスとゼムールが9%当たりだ。そして、決選投票では、マクロンが53%、ルペンが47%だが、ある調査では51.5%と48.5%であって、もはや100%マクロン勝利とはいえなくなっている。

ルペンは、NATOからの脱退、EUの深化には反対、制裁による物価上昇などに反対し、ウクライナが停戦になればプーチンをまた受け入れるとしている。

ひとことでいえば、フランスを東欧の戦争に巻き込むNATOやEUなら要らない、経済に悪影響を及ぼすなら制裁にも反対ということになる。まさに、「フランス人の心は左に、財布は右にある」を地で行っているわけである。

そして、これ以上、物価が上がるなら、世論調査では見栄でマクロンと答えたが、投票は本音でルペンという有権者が分厚くなってくると大番狂わせもありえないわけでなくなっている。

私のみるところ、マクロンは欧州のリーダーとしての夢に酔ってフランス大統領選候補としてのバランスか感覚を失ったという印象だ。

それでも、ポーランドの極右モラウィエツキ大統領から、「プーチン氏と何回交渉して何を得たのか」、「犯罪者とは話し合いや交渉を行うべきではない。戦わなければならない」と批判される始末。

それに対して、マクロンはモラウィエツキを極右でルペンの支持者とし、「戦争を回避し、欧州の平和に向けた新たな枠組みを構築するため、フランスの名において数年前からロシア大統領と協議を重ねてきたが、そのことについて私は全責任を負う」とポーランドの危ない対応を批判した。

4月10日に第1回投票、4月24日に上位2人の決選投票が行われるが、この2週間はプーチンがマクロンにどう花を持たせるか知恵を絞って厳しい駆け引きが続くだろう。

東欧の親露派の躍進
東欧については、あらためて書くが、ポーランドとハンガリーは、いずれも極右政権で、EUの獅子身中の虫である。ただ、ハンガリーはブチッチ大統領がプーチンを後ろ盾にして、昨日もガス代金をルーブル建てで払うことを受け入れて制裁に大きな穴を空けた。とくに、ハンガリーはウクライナ支援の中心にあるソロスの祖国で野党に資金提供しているので、本音では完全にロシアの味方だ。

セルビアはコソボ紛争で、NATOによる空爆を受け(中国大使館が破壊された)、国民の本音としては、今回のロシアの侵攻が許されないなら、NATOの空爆はなぜいいのかと言うのが本音だが、実利面からEU加盟したいので本音は封印しているが、さらにEUに接近したい野党を寄せ付けなかった。

ポーランドは、ウクライナ問題の根源が14世紀のポーランドがロシアの一部だったウクライナを植民地的に支配したことにあるのだから、ロシアとポーランドの覇権競争なのでウクライナの味方というのは当然。

いずれにせいても、ドイツもショルツ首相がメルケルやシュレーダーといったプーチンと近い政治家を排除するために、制裁強化に熱心だが、ドイツ人もウクライナのためにインフレをいつまでも受けいれるとも考えにくい。舵取りを誤ると相対的に親プーチンの極右Adfや左派党に足を救われかねない。

G7では、岸田首相が中国による仲介を避けるように発言したが、欧州首脳からは厳しい叱責を受けたようだ。ウクライナ問題が中国にマイナスになるかどうかはなんともいえない。

★本レポートはアゴラ(https://agora-web.jp/)より転載いたしました。

★八幡 和郎

人間経済科学研究所フェロー、評論家、歴史作家、徳島文理大学教授、

滋賀県大津市出身。東京大学法学部を経て1975年通商産業省入省。入省後官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。通産省大臣官房法令審査委員、通商政策局北西アジア課長、官房情報管理課長などを歴任し、1997年退官。2004年より徳島文理大学大学院教授。著書に『歴代総理の通信簿』(PHP文庫)『地方維新vs.土着権力 〈47都道府県〉政治地図』(文春新書)『吉田松陰名言集 思えば得るあり学べば為すあり』(宝島SUGOI文庫)など多数。

新刊:『日本の総理大臣大全 伊藤博文から岸田文雄まで101代で学ぶ近現代』(プレジデント社)

「365日でわかる世界史」、「365日でわかる日本史」(いずれも清淡社)

 

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