ESG投資がスタグフレーションを招く

鉄鉱石が1トンあたり230ドルを超えた。1年前は100ドルを下回っていたので、1年で3倍近くになった。銅も1年前は5000ドルを下回っていたところから10000ドルを超え、1年で2倍以上になった。木材も1000ボードフィートあたり400ドルを下回っていたところから1500ドルを超え、1年で4倍近くになった。これらは特に値上げの著しいものであるが、その他でも商品価格は軒並み上昇している。

この背景には、欧米の先進国ではワクチン接種がある程度進んで感染が抑制され、経済が正常化しつつあることがある。さらに落ち込んだ経済を立て直すために、積極財政によって経済のテコ入れを行っていることにより需要がさらに高まっていることも関係している。その一方でこうした一次産品の供給側に位置することの多い発展途上国では、ワクチン接種が広がるのはまだまだこれからであり、感染の心配が薄れるのは見通しがつかず、いくら需要が増えていてもそれに応じた増産が難しいということもある。こうした一次産品を運送する船舶にしても、荷物の積み下ろしにおいては感染防止の観点から余計な時間がかかっていることもあり、本来の能力を発揮して移動する形にはなっていない。そのために、現実の供給量がボトルネック状態にあり、需給ギャップの拡大によって価格上昇が進むという事態が発生している。なお、必要な輸送船舶の確保を巡って激しい競争が起こっており、船舶市況も大きく上昇している。例えばケープサイズと呼ばれる大型船舶の場合、1年前に比べて6倍を超える値上がりになっている。こうした船舶市況の上昇もインフレ傾向を支えていることになる。

発展途上国においての感染が収まってくれば供給量のボトルネックが解消されていくから、こうしたインフレ傾向は緩和される方向に向かうだろうが、では長期的に見た場合にインフレ傾向は収まるのかといえば、この点についてはかなり悲観的にならざるをえない。というのは、世界経済はESG投資の方向に向かっているからである。

これまでの世界経済は効率化を目指して動いてきた。ところがESG投資の流れは、効率化よりもESG(環境、社会、企業統治)を重視する方向性を持っている。効率化とESGが両立するのであれば全く問題ないだろうが、現実にはこの両者は対立的な関係になることが多い。

例えば製鉄事業においては、これまでは石炭(C)を利用して鉄鉱石の酸化鉄(Fe2O3)を還元して鉄を精錬してきた。化学式で書けば、2Fe2O3+3C→4Fe+3CO2 となるが、この過程で二酸化炭素(CO2)を生み出すことになる。この二酸化炭素を生み出すことがけしからんということで、石炭の代わりに還元剤として水素を使うという新たな製鉄技術を開発しなければならないところに追い込まれている。2Fe2O3+6H2→4Fe+6H2Oとなれば、二酸化炭素の代わりに水が生まれることになるのでクリーンだという話になる。

こうなるとこれまでの製鉄工程とは全く違うものになるので、新たな製鉄の仕組みを完全に作り上げなければならないことになる。日本製鉄はこの新たな製造プロセスの構築に、最低5000億円はかかるであろうと考えている。では5000億円以上のお金をかけてこのプロセスが成立したとして、それにより従来の石炭を利用する場合と比して効率性が上がるのかと言えば、それは全く期待できない。水素分子は非常に軽いために上空高くに上がっていきやすく、私たちが呼吸する空気中にはほとんど含まれていないからである。結局水素を得ようとした場合には、水を電気分解するなどして得るしかないが、そのために余計なエネルギーとコストがかかることになる。最終的に手に入れる鉄が同じものであるのに、それを作り出すために必要なエネルギーとコストは遥かに増えることになる。つまり、経済合理性に反したことをESG投資のために進めていくことになるのである。

ESG投資がどんどん活発化していくと、同じものを手に入れるのに必要なコストが上昇することで、私たちの生活水準は下がっていかざるをえない。収入が変わらないのに、物価が上がるような感じだと受け取ればいいだろう。こうなると私たちの購買力は引き下がらざるをえなくなる。物価が上がって購買力が落ちるわけだから、インフレになりながら不況に陥ることになる。いわゆるスタグフレーションと呼ばれる、経済的に非常に問題の大きい状況を迎え入れることになるのである。

当然ながら、企業収益を引き上げていくのは難しくなっていく。ESG投資は私たちの未来に暗い影を投げかけていくことを知るべきである。

★朝香 豊(あさか ゆたか)
1964年、愛知県出身。私立東海中学、東海高校を経て、早稲田大学法学部卒。
日本のバブル崩壊とサブプライム危機・リーマンショックを事前に予測、的中させた。
現在は世界に誇れる日本を後の世代に引き渡すために、日本再興計画を立案する「日本再興プランナー」として活動。
日本国内であまり紹介されていないニュースの紹介&分析で評価の高いブログ・「日本再興ニュース」( https://nippon-saikou.com )の運営を中心に、各種SNSからも情報発信を行っている。
近著に『左翼を心の底から懺悔させる本』(取り扱いはアマゾンのみ)。
それでも習近平が中国経済を崩壊させる (WAC BUNKO 334) 新書(https://www.amazon.co.jp/dp/4898318347/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_EHE0HDC426590NKTX59H)

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