インフレヘッジとしての絵画購入は、“あり”だろうか?
欧米だけでなく日本でも物価の上昇がメディアでしばしば取り上げられるようになり、最近ではインフレ率が4%台の時代が来るという意見も出てくるようになってきた。これから本格的なインフレが来ることが心配されるが、そうしたインフレの時代に自分の財産をどうして守っていけばよいのだろうか。
インフレは貨幣の価値が下がり、反対に物の価値が上がることだから、一般的には実物資産への投資が良いとされている。金、不動産、高級腕時計やアンティークコインなどへの投資である。株も会社という実物への投資としてみれば、同様に推奨される。
それでは美術品はどうだろうか。美しいものを所有して日々楽しみながら値上がりを期待できるのであれば、これ以上良いことはない。しかし、現実はそれほど甘くはないようだ。本稿では、美術品、特に絵画について、インフレヘッジの可能性について検討してみたい。
まず初めに、投資目的で絵画を売買する際に投資家は、大きなハンディキャップを背負うことを認識しておく必要がある。それは言い換えれば、絵画を売却する際の値段は、購入時の価格よりも相当低いものとなるのが普通だということだ。
美術商が絵画を販売する場合の値段は、どのビジネスでもそうだが仕入れ値に様々な経費と利益が乗せられたものとなる。経費としては、仕入れ資金を借り入れで賄っていた場合は購入から販売までの期間の金利、店舗の賃料や光熱費、店舗の従業員の人件費のなどがあるが、海外に行って仕入れた場合は旅費や運送費もかかる。これに美術商自身の利益が乗せられるのだから、販売価格は仕入れ価格よりはるかに高い値段となるのが普通であり、そうでないと美術商は成り立たない。ちなみに私の家内も画商兼美術史家だが、最近は画商のビジネスよりも名画解説の講師業に力を入れている。
したがって、絵画に投資して利益を得ようとするのであれば、大きく値上がりすることが見込めるものに投資しなければならない。例えば水玉模様のかぼちゃのモチーフが有名な草間彌生の作品だが、これを20年前に買っていれば今は大儲けだろう。しかし、プロの美術商でも草間彌生がここまで人気が出ると言い当てられた人が何人いるだろうか。
また、人気のある画家でも、例えば死後は作品の値段が落ちたりするし、画家によっては人気のある図柄とそうでないものもある。例えば東郷青児の女性の絵は、目が描かれているものよりも目を閉じている方が高値で取引されるが、素人の投資家がそこまでの知識を得るのは大変だ。
さらに絵画の価格は、購入の時そして売却の時の市場環境が良いかどうかによっても大きく違ってくる。これまでは主要国の中央銀行が超金融緩和政策を続けてきた影響で過剰流動性が発生し、その一部が美術品市場にも流れ込んで、景気のいい話がいたるところで聞かれた。フランスでは昨年前半の絵画を含むオークションの売上は8億56百万ユーロ(約12百億円)と前年同期に比べて36%増と史上最高となっており、コロナ前の2019年の同期(4億61百万ユーロ)の実績を大きく上回っている(Le Journal des Arts.fr.による)。
しかし、それではこれからもこうした美術品市場の活況が続くかというと、アメリカやEUでは中央銀行がすでに金利引き上げや中央銀行の資産圧縮を始めており、世界にあふれていた過剰なマネーは潮が引くように消えてなくなりつつある。また、中国では今不動産バブルの崩壊が進行中だ。IMFをはじめ様々な研究機関やエコノミストが、2023年に世界経済がリセッション(景気後退)に陥るという予測をしており、この影響が絵画市場にも及んでくることはまず間違いがない。したがって今美術品を購入するのは、高値掴みとなる可能性が大きいと私は考える。
最後に絵画等への投資は、偽物をつかまされるリスクを考慮しておくことが肝要だということを言っておかねばならない。私が若いとき国税局に勤務していた時に聞いた話では、地方の成金の相続税の調査では、その家に有名画家の絵が飾ってあっても、調査官はそれに目もくれないのが普通だという。また、これはつい最近知り合いの税理士さんから聞いた話だが、美術品の収集が趣味の企業のオーナーが数十億円を払って美術品を集めたが、税理士が将来の相続に備えて専門家を呼んで鑑定評価させたところ、その専門家は1~2点見ただけで、「あとは見るに及びません」といって見ることさえしなかったそうだ。おそらく、すべて贋作だったのだろう。
やはり絵画は、投資の利回りを考えたりしても仕方がないもので、それを自分が見て楽しむということを基本とするべきものだろう。そして、仮に相続や売却の必要が生じた際に、そこそこのお金が戻ってくれば満足すべきものだと私は考える。
(文責:有地浩)
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