「盲目の時計職人」自然淘汰は偶然か?

リチャード・ドーキンス早川書房

「利己的な遺伝子」の発刊以来、世界の思想、哲学、社会等に幅広く影響を与えてきた著者が、生物学者としてよって立つ「ダーウィン主義(理論)」の正しさを、「創造説」を含むあまたの偽理論を快刀乱麻のように鮮やかに切って捨てながら、証明する本です。

なお、1993年に「ブラインド・ウォッチ・メーカー」(上・下)として出版されたものを、2004年に新装した本なので、生物の進化を「バイオモルフ」としてシュミレーションした部分は時代を感じさせます。しかし、ほとんど自作のようなウィンドウズ以前の原始的コンピュータ(誤って削除した第3章の文章を自力で復元した逸話も書かれています・・・)であることが、生物の進化の過程をシュミレーションする上で役立っているようです。

500ページを超えるだけでなく、ドーキンスの専門分野のど真ん中(遺伝子や自然淘汰等)を大上段に論じているので、確かに読破するには集中力が必要です。

しかしダーウィンの主張する「特殊進化論=生物に関する進化論」は、アダム・スミスの「一般進化論=社会・経済を含むすべての事象に関する進化論」を起源としており、特殊進化論をきちんと理解することは、「人間経済科学」において極めて重要な一般進化論を理解するために必須です。

どの章も大変面白いエピソードにあふれ、多くのことを教えてくれますが、最も興味深いのは、第5章<力と公文書>でしょう。

一体なんのことだかわからないタイトルですが、DNAの遺伝情報は(コンピュータ)と同じデジタルであるという話から始まります。そして、その遺伝情報はROM(Read only memory)で、一度書き込まれる(焼き付けられる)と二度と書き込めません。後は読みだすだけです。

しかし、それだけでは生命を生み出せません、発生や成長のそれぞれの段階や、体のどの部分(細胞、さらには細胞の中の媒質等)に存在するかによって、遺伝子のどの部分にスイッチが入り、あるいはスイッチが切れるかが異なるため、出来上がるものも異なるわけです。

これは、まだ初歩的段階の話ですが、ROMに例えられる遺伝子が世代を経て情報を伝えていく姿を、コンピュータをイメージしながら明確に理解できます。

また、第8章の<爆発と螺旋>では、(実用的ではない)孔雀の尾が長い理由を「正のフィードバック」を使って、ユニークな手法で説明しています。

ちなみに社会・経済的に重要な「バブル」現象(人々が熱狂して正気を失う)も、正のフィードバックで説明できます。

<文責:大原浩>

 

 

 

参考書籍等紹介

確率とデタラメの世界 偶然の数学はどのように進化したか

デボラ・J・ベネット白揚社

 「杞憂」という言葉があります。  中国古代の杞の人が天が崩れ落ちてきはしないかと心配したという、「列子」天瑞の故事から生まれました。心配する必要のないことをあれこれ心配することを意味しますが、「天が崩れ落ちてくる確率」 .....

たまたま 日常に潜む「偶然」を科学する

レナード・ムロディナウ ダイヤモンド社

 「偶然」にまつわるエピソードを、世の中の幅広い範囲にわたって歴史的に深く洞察した良書です。特に歴史的なエピソードには興味深いものが多く、カルダーノの半生は注目されます。  そもそも、「確率論」や「統計学」は、古代ギリシ .....

『アメリカ経済 成長の終焉(上・下)』

『アメリカ経済 成長の終焉(上・下)』 ロバート・J・ゴードン著,高遠裕子・山岡由美訳 ロバート・ゴードン教授(米国ノースウェスタン大学)といえば、米国のマクロ経済学者であり、生産性問題研究の大家である。本著は、ゴードン .....

名画で味わうギリシャ神話の世界

有地京子大修館書店

ダイナミックな愛憎の芸術を語る 有地京子氏は名画解説者であるが、「表意文字」ならぬ「表意絵画」の専門家でもある。例えばアルファベット26文字それぞれは単なる記号にしか過ぎないが、その多彩な組み合わせによって、驚くほど深い .....