確率とデタラメの世界 偶然の数学はどのように進化したか

デボラ・J・ベネット白揚社

 「杞憂」という言葉があります。
 中国古代の杞の人が天が崩れ落ちてきはしないかと心配したという、「列子」天瑞の故事から生まれました。心配する必要のないことをあれこれ心配することを意味しますが、「天が崩れ落ちてくる確率」=世界・人類が滅亡する確率は、実のところ全くゼロではないのです。

 ですから、人間は「世界滅亡」と聞くと恐怖を感じ、キリスト教をはじめとする多くの宗教.が「世界の終わりがやってくるから神(実のところ教会の怪しげな人々)のいうことを聞きなさい」というプロパガンダで多くの信者を集めてきました。

 しかし、ノストラダムスやマヤの暦を含む「世界滅亡の予想」は、少なくともこれまでのところ100%外れてきました。その中には、教祖の終末予想が当たらないからといって集団自殺(実のところ殺人だともいわれていますが…)した教団も少なくありません。

 確かにこの世が明日滅亡する確率はゼロではありません。
 例えば最近話題になっている「真空崩壊」。要するに宇宙でも「相転移(同じ水が温度によって、氷から水、水から水蒸気、水蒸気からプラズマに変化するようなこと)が起こるのではないかという話です。

 実際、ビッグバンの際には相転移が起こっていたと考えられる(そのおかげで、素粒子や原子が生まれ、四つの力なども形成されたと考えられる)ので、再び起こる可能性があり、その確率は数百億年に1回とも、数千億年に一回ともいわれますが正確に確率を計算するのは現在のところ難しそうです。
 しかし、宇宙の年齢は138億年前後といわれますので、「真空崩壊」が起こる確率を全く無視することはできないでしょう。

 また、彗星が地球に衝突して滅亡する可能性も無視できません。オールトの雲をはじめとして、小惑星や彗星などの供給源が、地球の比較的そば(宇宙の感覚で)にあるわけです。

 しかし、そんなことをいつも考えながら暮らしていてはまさしく「杞憂」になってしまいます。地球温暖化教の信者が「二酸化炭素の排出を止めないと地球が大変なことになる」という話も一種の「地球滅亡論」の杞憂です。
 そもそも、地球の気温は基本的に太陽活動と地軸の傾きによって決まるので、太陽の黒点活動と地軸の傾きの今後の見込みをまず考えるべきなのです。二酸化炭素の排出量は地球の気温決定の2次的、3次的要素にすぎません。

 その基本的な科学的事実を無視して、大騒ぎする科学的センスがない人々が多いことには驚かされます。二酸化炭素の排出によって「地球が大変なことになる」可能性はゼロではありませんが、その可能性はほかの地球滅亡論と大差ないということです。

 さて、本書にもあるように、確率の研究が本格化したのは、せいぜい17世紀ごろからです。ギリシャ、ローマで開花した高度な文明・文化が、その長い間キリスト教によって破壊しつくされたことも大きな原因の一つです。キリスト教が欧州にはびこり、人々を蹂躙している間、ギリシャ・ローマの伝統を受け継いで科学や文化を発展させたのはイスラム圏です。

 実際、現在でも科学用語のアルカリ、アルコール、アルゴリズムなどアラビア語に期限を持つ言葉は多く、科学に不可欠な数字そのものが「アラビア数字」(インドで発案されアラブ世界を通じて世界に広まった)です。

 キリスト教が支配する世界では、この世の中のすべてのことは「神」が決めるのだから、「偶然などということはあり得ない」というわけです。この「世の中で起こる出来事はすべてあらかじめ決められている」(決定論)と「偶然あるいは自由意思を認める」考えとは現在でも対立しています。

 決定論では、人間の自由意思は存在しないはずですので奇妙に思うのかもしれませんが、脳生理学における実験では、人間の脳が判断(例えば手を伸ばしてコーヒーカップをとる)する前に手の神経が反応しているということが明らかになっているのです。

 もちろん本書では「偶然は存在する」との仮定の上で議論が進められています。特に偶然「ランダムネス」とは何かについての議論に多くのページを割いています。

 例えば<乱数>を作成するのに、コンピュータで数式を計算するというやり方は一般的ですが、数式によって導かれた数字は事前に予測できるわけですから、それが本当に<乱数>=<偶然>なのかという議論などです。

 もちろん、堅苦しい議論ばかりが展開されているわけではなく、全10章のほとんどがモンティホール問題などを含む、楽しい確率のエピーソードで占められています。

 文章が平易で、この手の本としては短めの200ページ強なので、すいすいと読み進めます。確率を学びたい初心者にはうってつけの本だと思います。

(文責:大原浩)

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