「黄金の馬」 パナマ地峡鉄道 ー大西洋と太平洋を結んだ男たちの物語ー

 

 

 

ファン=ダヴィ・モルガン著、中川 普訳、三冬社

本作品は、子供の頃夢中になって読んだロバート・L. スティーヴンソンの「宝島」を思い起こさせるところがある。子供向けの簡略版であったので、勧善懲悪的なシンプルなストーリーであった。しかし、はるか遠い異国の島々や大海原で展開される、財宝を狙ったむき出しの欲望を隠さない海賊たちの「バトル」に手に汗を握ったのである。

もちろん、この「黄金の馬」の主題は、副題にもあるように、あくまで「パナマ地峡鉄道 ―大西洋と太平洋を結んだ男たちの物語―」だ。

日本ではあまり知られていないが、1914年のパナマ運河開通前の1855年にパナマ地峡鉄道が開業している。その地峡鉄道開業までの「地獄」ともいえる過程が作品の柱であり、その地獄に遭遇した人々の様々かつ複雑な人間模様が見事に描かれている。

それだけでは無く、冒頭で述べた「宝島」のように、「欲望に駆られた男たちが集まった(カリフォルニアの)ゴールドラッシュ」がもう一つの作品の柱といえよう。

こちらはまさに「西部劇」である。まともな警察機構が存在しない無法地帯で、まるでジョン・フォード監督、ジョン・ウェイン主演の「駅馬車」を彷彿させるような強盗事件が頻発する。

その強盗達に対抗するのが、元テキサスレインジャーだが、そのやり方がものすごい。賛否両論はあるだろうが、無法地帯で「悪人を取り締まる」ためには、これくらいの激烈さが必要にも思える。

さらに「地獄」を加速するのが「感染症」である。我々は近年コロナというパンデミックを経験したがその比では無い。

かつてコレラは日本では「ころり」と呼ばれた。あっという間に人々が「ころり」と死ぬからだが、その言葉が頭の中でぐるぐる回るほど主要な登場人物も含めた人々が次々と倒れ、病に犯され死に至る。

結局、本作品で描かれているのは「地獄で展開する西部劇」と言えるのかもしれない。

そして、「宝島」の主人公がジム・ホーキンズ少年であるのと同様に、本作品の主人公は、エリザベス・ベントンという女性であるといえよう。鉄道建設での彼女の役割は補助的だが、物語進行の「目線」は彼女のものだ。ゴールドだけでは無く、鉄道建設に憑りつかれた男たちの野望を始めとするすべてに、彼女の目線を通すことによって「冷静な客観性」が加えられている。

エリザベスという女性の目線を通して描いた「地獄での西部劇」。これこそが本作品を際立たせる特徴だと言える。

なお、多くの日本人の読者がパナマ地峡鉄道どころかパナマの歴史にはなじみが薄いと思われるので、ラストの下荒地修二氏(元パナマ駐在日本国大使)の「あとがきにかえて」を先に読んだ方が、物語が頭に入りやすいと思う(私はそうした)。パナマ鉄道と日本との意外な関係についても述べられていて非常に興味深い。

(文責:大原浩)

 

 

 

 

 

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