二宮尊徳 財の命は徳を生かすにあり

小林惟司ミネルヴァ書房

真の革命家・尊徳

二宮尊徳(金次郎)は歴史に名を残す有名人だが、その功績・人柄が誤って伝えられている典型であろう。

 

戦前の修身の教科書に、明治天皇の次に多く取り上げられていることから、軍国主義教育と結び付けられがちだが、むしろ尊徳は戦後GHQや米国人の研究者から「リンカーンに匹敵する民主主義の巨星」とほめたたえられたくらいである。

 

まず、農民から幕臣にまで大出世したことだが、本人が望んだことでは無い。むしろ、尊徳のすぐれた行政・財務改革に嫉妬・畏怖した小田原藩の家老をはじめとする武士の抵抗勢力が、小田原藩の改革に口を出せないように祀り上げてしまったというのが真相だ。

 

実際、ほぼ同じ時期に小田原藩はとてつもない功績を残した尊徳に、藩への出入りを禁止するという忘恩行為を行った。逆に言えば、尊徳は権力を握る武士たちから恐れられていたのである。

 

さらには、入浴中に槍で突き刺されそうになるという暗殺未遂事件まで起きている。

 

言ってみれば、キューバ革命の立役者チェ・ゲバラのように、民衆とともに国を創っていこうという強い意志を持った人物であったのだ。

 

ただ、悲しいかなゲバラは暴力で政府を打倒し、恐怖と暴力で民衆を支配する共産主義の道を誤って選択したために、悲劇的な最後を遂げることになった。

 

それに対して尊徳の選択は、マハトマ・ガンジーの「非暴力不服従」に似ている。江戸時代の革命行為といえば一揆や打ちこわしであったが、それらには一切関与しなかった。

 

非暴力について言えば、暴力行為で、農民(庶民)の暮らしが良くなるわけでは無い。むしろ新田を開発し、治水などの土木工事を行い、既存の田畑の生産性をあげることこそ、農民を幸せにすることだという信念があったのだと思う。

 

また不服従も徹底している。いくら藩や幕府の重臣たちからの依頼であっても、行政・財政改革が成功する条件がそろっていないと考えるときっぱり断る。封建社会ではとても勇気のいる行為だ。

 

過去に素晴らしい行政・財政改革を行った実績があるとともに、その恩恵を受けた農民たちの支持があったからできたとも言える。

 

現代で言えば、一介のサラリーマンが、財務省・厚生労働省などの官僚のていたらくに悩む首相から任命され、(地域限定とはいえ)行政・財政改革のリーダーになるようなものだ。

 

しかも、尊徳は「分度」という財政支出の上限を決めなければ、仕事を引き受けなかったから、官僚である武士の給与は事実上尊徳が決めることになる。武士(官僚)たちが尊徳を憎んだのも当然といえる。

 

実際、現在の日本の官僚組織は幕末の武士よりもひどいかもしれない。尊徳のような真の革命家が登場することを願う。

 

ダヴィンチ・空海と尊徳

ダヴィンチも空海もマルチ人間として有名だ。同じように尊徳もマルチ人間である。

 

科学の面では、治水工事、農業秘術などにおいて、当時最先端の技術を駆使している。ブラックな長時間労働では無く、科学的農業によって生産性を向上させたことが、世間に知られていない「二宮マジックの秘訣」である。その知識・洞察は、薪を背負いながら本を読む(この話そのものは創作のようだが・・・・)読書家であったことと、農業の現場を科学的な視点で観察したことによって得られた。

 

また、空海も宗教家ではあるが、唐から学んだものや修験道者のものといわれる豊富な知識を使った治水工事などで、農村を豊かにしたことが現在まで敬われる理由だ。

 

また、驚くべきことに、複利の概念をきちんと理解し実践している。例えば、元金1両を年間5%で運用すれば、180年後には6800両になる(100万円が68億円になる)。尊徳の財政改革においてこの複利の概念は極めて重要である。

 

ただし、得た利益を使ってしまっては、この複利効果が効かないから、「分度」(支出限度)を定めてその範囲で生活することが極めて重要なのだ。

 

さらには、彼の弟子たちによって日本初の信用組合である掛川信用組合(現在でも掛川信用金庫として活動している)が設立された。

 

尊徳が確立した互助金融組織「報徳講」の「無利息貸付」は画期的なものである。当時15%~20%という高利で借金をしていた多くの人々が救われた。期限が来たときに「元金」に「お礼」を添えるのが通例であったが、概ね1年分の利息程度(借入期間は5年~10年)であったし、あくまで任意である。

 

再建(発展)途上においては、元利を徴収しないというのも、現在の再生ファンドやベンチャーファンドと同じである。

 

尊徳のたぐいまれな能力と先見性、さらにはその哲学は現在でも価値がある。残念ながら敗戦後、軍国主義の象徴として銅像などが破壊されたのは悲しいことである。

 

GHQ(米国)は、むしろ尊徳の著作を米国独立宣宣言にも匹敵する「民主主義」のお手本と評価し、戦後各種団体の名称から冒頭の「大」の文字を外すよう指導を行った時も、尊徳の教えを受け継ぐ「大日本報徳社」は、民主主義の偉大なリーダーとして例外にしたほどである。

 

(文責:大原浩)

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