大国の興亡<下巻> 1500年から2000年までの経済の変遷と軍事闘争
ポール・ケネディ草思社
平和主義がナチスの台頭を招いた
第一次世界大戦以降、本書が執筆された1980年代後半までの「大国の興亡」が詳細に述べられている。
日本は第一次世界大戦の戦勝国であり、自国が戦場になることは無かったので、その悲惨さについてはあまり語られることが無い。
しかし、4年半の総力戦による戦死者は800万人。回復不能な障害を負った者が700万人。重軽傷を負った者が1500万人。また、ロシアを除いた全欧州で、500万人が、戦争がもたらした病気や飢饉や物資の不足で死んでいる。ロシアでは内乱による多数の死者を合わせると、それ以上の人間が死んでいる。さらに、1918年~19年にかけて流行したインフルエンザは戦争で疲弊した数百万人の命を奪った。結果、同期間に死亡した人々は6000万人に及ぶとされる。
それに対して、第二次世界大戦における連合国・枢軸国および中立国の軍人・民間人の被害者数の総計は5000万〜8000万人(飢饉や病気の被害者数も含まれる)とされる。当時の世界の人口の2.5%以上にもおよぶ。民間人の被害者数:3800万〜5500万(飢饉・病気が原因であるものは1300万〜2000万)である。
フランスの現在の人口が6700万人、英国が約6500万人であるから主要国が一つ吹き飛ぶほどの被害であったのだ。
だから、1918年の第一次世界大戦終結の後、欧州各国の指導者が再び悲惨な戦争を引き起こさないことを最大の目標に掲げたこともよくわかる。巷には憲法9条教の信者のような特異な人々がいたかもしれない・・・
その間隙を塗ってナチス・ドイツやムッソリーニのファシスト党が勢力を拡大したというわけだ。その間、英仏をはじめとする欧州諸国は、再び戦争を起こさないためにナチスに譲歩を続けた。
英国では、ナチスに対して非融和的政策を唱えたチャーチルが冷や飯を食わされたし、IBMの実質的創業者であるワトソン・シニアがナチスから勲章を授与され鼻高々になったということもあった(ナチ批判が高まったため後に返還している)。
今では、ハリウッドのユダヤ人勢力によって反ナチプロパガンダ映画がうんざりするほど製作されるが、当時の欧州や米国ではナチス・ドイツ(国家社会主義労働者党)に対して好意的な人々も多かったのである。
しかし、1939年3月の事実上のチェコ併合の後、8月23日、ヒトラーは独ソ不可侵条約を締結し、9月1日にポーランドに侵攻した。これに対し、堪忍袋の緒が切れた英仏両国は、9月3日ドイツに宣戦し、第二次世界大戦が始まった。
現在の共産主義中国も当時のナチス・ドイツと同じ立ち位置である。2回の世界大戦で国土が荒廃した欧州はもちろん、ベトナム戦争で傷を負った米国も大きな戦争はしたくない。その間隙を縫って、(特に習近平氏以降の)共産主義中国は、領土的野心をむき出しにした侵略行為を南シナ海、尖閣、民主主義中国(中華民国=台湾)などで行った。
今回の米中貿易戦争と呼ばれるものでは、単に関税だけでは無く、共産主義中国によるスパイ行為にもスポットライトが当たった。さらには天井の無いアウシュビッツ(ウィグル)やソ連との武器の取引も強く糾弾されている。
明らかに米国の堪忍袋の緒が切れつつあるのである。特に共産主義中国よる民主主義中国(台湾)への侵略は「米国の核心思想」への攻撃であり一線を超える行為である。
2世のボンボンである習近平氏が状況をわきまえて正しい判断を行うことができるかどうか不安である。
共産主義(ファシズム=全体主義)国家は知識社会では繁栄できない
ファシズムの生みの親が、イタリアのベニート・ムッソリーニであることは意外と知られていない。第二次世界大戦末期、幽閉されていたムッソリーニをヒットラーが電撃的作戦で救出し、それ以後ヒットラーの部下同然になったムッソリーニだが、ファシズムの歴史においては先輩なのである。
ムッソリーニはもともとイタリア社会党員であり、党中央の日刊紙である『アヴァンティ』編集長に任命されその辣腕によって発行部数を急拡大させている。
さらにソ連のレーニンもムッソリーニの演説会に足を運んでその才能を高く評価し、後にイタリア社会党が彼を除名した際には「これでイタリア社会党は革命を起こす能力を失った」とムッソリーニを称賛している。
したがって、共産主義とファシズムは同根であり、極めて似通った思想(全体主義)なのだが、このような全体主義国家においては、ピータ―・F・ドラッカーが定義する「知識社会」の発展はありえない。
本書でも「知識集約産業は、技術的な訓練を受けた人々が自由な研究を奨励され、新しい知識や仮説をできるだけ広範囲に交換できる社会で最も発達する」と述べられているが、知識社会発展のキーワードは「自由」である。
牛や馬と一緒に働く農奴や奴隷であれば、ムチ打って強制的な労働を行わせることができるかもしれない。しかし、バイオテクノロジーの研究員を鞭打って業績を向上することなどできないことはすぐにわかる。
すぐれた研究員同士が自由に意見を交換し、より高度なアイディアを生み出すことが研究の発展につながるのである。だから「思想・表現の自由」は最も重要である。
だから、これからの「大国の興亡」においては、軍事力、経済力も重要だが「自由」こそが最も注目しなければならない要素なのである。
(文責:大原浩)
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