挑戦と失敗
【仏教の表と裏】
世の中は 乗合船の 仮住まい よしあし共に 名所旧跡 (⼀休禅師)
この世の中は、様々な⼈達が⼀緒に乗り合っている仮住まいの船、あれ が良い、これが悪いと⾔いながら貴重なこの世の出来事を経験し、いずれあの世へと向かうのです。
仏教の多様性に私が気が付いたのは、中国での⽣活が契機でした。仏教は中国から伝来しましたが、中国では全く話が噛み合いませんでした。僧侶というだけで私は尊敬を集め、共産中国は今も熱⼼な仏教⼤国でした。
伝統的な「漢⺠族の仏教」の加え、近年はチベット仏教が流⾏し漢⺠族の信者も取り込んでおりますが、この2つの仏教の差も奥の深いものでした。チベット仏教はインド伝来の仏教なので、インドと中国の仏教の差でもありました。
「⽇本の仏教」を知るために、私は中国、インドの仏教に関⼼を抱きました。「⽇本の仏教」にも、表と裏の顔があります。 表の顔は、かつては13宗56派と数えられましたが、その他の新宗教・新宗派も含 め、各宗派なりに緻密な教学が整備されております。
裏の顔は「葬儀」と「法事」、仏教は今も90%前後のシェアを誇ります。 実際の葬儀では、「我家は何宗だったっけ?」と表の顔の存在感は希薄ですが、ここ を違えてしまうと、菩提寺やお墓で⾯倒な話に巻き込まれかねません。「葬式仏教」と揶揄されながらも、葬儀が近世の仏教の伝統をつないできました。 宝瑞院は葬儀を⾏いませんが、葬儀をしないお寺が社会に必要とされるのか、表の顔 だけで仏教は受け⼊れられているのか、密かに⾃問⾃答する⽇々です。
【仏教の一部であるマインドフルネス】
お釈迦様は「無記」といい、形⽽上学的な質問にはお答えにならなかったと⾔われますが、ここに仏教の多様化の秘密がありそうです。
⼈間は解答のない、形⽽上学的なおしゃべりが⼤好きです。お釈迦様の語らなかった部分に何を加えるかで、仏教は融通無碍に形を変えました。ここに形⽽上学とは逆の「科学教」を加えたのがマインドフルネスや欧⽶の仏教で、この逆転の発想は抜群のセンスだと私は思います。
当初マインドフルネスは、仏教との関連を隠蔽しました。 科学的、臨床的な成果を15年間積み重ねてようやく、創始者ジョン・ カバットジン博⼠は、仏教が源流との説明を始めたのです。
マインドフルネスは「仏教から宗教的な要素を取り除いた⼿法」だと説明されますが、私は「科学教」と習合した仏教の⼀派だと思います。<仏教は、乗合船の 仮住まい、葬儀・科学も名所旧跡>
【年収1億を超える経営者たち】
400mハードル⽇本記録保持者・為末⼤⽒は「⾛る哲学者」とも⾔われ、⽒が半⽣をかけて考え抜いた結論が「熟達論(新潮社)」という書籍です。この書で為末⽒の唱える熟練に向かう五つの段階を、私なり に経営や瞑想法に応⽤してみます。
最初は「遊」、様々な分野で経験を重ねるステージです。 最初から専⾨分野に集中するより、多くの分野の経験を積んだ⽅が、経営者としての伸び代が⼤きいのです。
ここは菅野⼀勢⽒(著名なビジネスオーナー)の受け売りですが、10個以上の事業を失敗させた経営者は全員、年収1億円を楽々と越えていると⾔います。
菅野⽒は現在はシンガポールで⽣活する⼤富豪ですが、16もの事業分野で失敗し、とりわけインターネット情報起業の分野では、なんと25回も失敗したといいます。
かつての⽇本の⼤きな組織では、エリートほど若い時分に、 意図的に様々な部署を体験させました。100時間考えただけの内容は、100%間違っています。 世の中の80%は経験しないと分からないのです。
⽇本の教育システムは失敗の回避がテーマで、「遊」が⽋けています。私は瞑想も、「専⾨化」と同時に「遊」を重視し、脈絡のない10種類の瞑想を体験 してみるコースを作り、実際に本年、9種類までを試してみました。来年はさらに「遊の瞑想」の完成度を⾼めたいと考えております。
【遊と型】
またたとえば「ボディスキャン瞑想」に絞っても、「遊」の感覚が重要です。実際にプロのセッションを体験すると、実に多種多様な誘導法があります。 理論的には疑問を感じる誘導が、ピッタリくることもあります。理論だけから結論を導くのは、「今、ここ」とは反対の発想かもしれません。
瞑想を⼀⼈で修⾏するとかえって遠回りになるのは、⼀⼈の物語の中に閉じてしま い、「遊」が補えないからだと私は考えております。
⼆番⽬は「型」、裾野の広さが確保できたら、選択と集中のステージに⼊ります。学びの王道は「繰り返し」と「反復」、これは分かりやすい話だと思います。宗派とは「型」を指しており、たとえば真⾔宗では、理趣経法を⼀⽣繰り返します。理趣経法に⾄る準備には「加⾏」と呼ばれる型があり、護⾝法加⾏、理趣経加⾏、四度加⾏などが体系的に整備されております。
「型」を何百回、何千回と繰り返すことで、驚異的に学習時間を短縮するシステム が、真⾔密教の即⾝成仏の秘密の⼀つでもあります。
法然上⼈は、私の解釈ですが、「どの宗派の型でも悟りに到達できるのに、やってもいない他宗派の型の批判は良くない」と繰り返し述べられております。宝瑞院の瞑想も、現代の⽇本⼈に適した「型」に、来年はチャレンジします。 瞑想は1回でも効果はありますが、実は⼀⽣継続できるかが勝負です。
流派がなっても、型の修練は伝わるもので、私も時折「どんな修⾏をしたら、そんなお顔になるんですか?」なんて⾔われると嬉しくなりますし、逆に相⼿の修⾏レベ ルを感じて背筋が伸びることもあります。
私は当初、スピリチュアルな世界には馴染めませんでしたが、「型」をこなさないまま表に出る⼈が⽬⽴ち、そのためお話も、夢物語・妄想に聞こえました。 この世界で、型をこなしている専⾨家に数多く出会うと、抵抗感も消えました。どれだけ型をこなしているかが、社会の信⽤・評価の基準にもなります。
ただ永年取り組んだ型が、技術の進化で⼀瞬にして社会的には無意味になることも多く、明治維新の武⼠・剣豪の末路は、僧侶にとっても他⼈ごとではありません。
【総合判断】
三番⽬は「観」、型を繰り返す中で、異次元の本質に辿り着きます。
本質は単純でお⾦もかかりませんが、型の裏付けがない⼈には案外伝わりません。
浄⼟教では「南無阿弥陀仏」を唱えると極楽浄⼟に到達しますが、浄⼟とは「観」のステージのことで、最終⽬的地は別にあります。
「観」⾃在菩薩(観⾳様)は、六波羅蜜⾏という「型」を繰り返し、「五蘊皆空」と いう観に到達しますが、観に⾄れば型の役割は終了します。
「悟るには無限の時間が必要」との教えが仏教にはありますが、これは反復と繰り返 しの重要性を伝えるための⽅便だと私は考えております。修⾏が挫けるのは、厳しさからではなく、修⾏の意味が⾒えなくなるからです。
中国は⽇本以上に型を神秘化しますが、型を途中で⽌めるのは本当に勿体ないので、 ある種のプロパガンダが創作され続けたのだと私は考えております。 このプロパガンダは、組織拡⼤や⾦儲けにも利⽤されてしまうのですが・・・
私は地⽅再⽣に私のIPOのノウハウを活かしたいと、⾊々な⽅と議論をしてきましたが、最近気づいたのは、ここでのポイントの⼀つは「企業分析」でした。
MBAホルダーや経営学者は、企業を財務、⼈事、マーケティングと分解して診断を試 みるので、分析は正確でも「総合判断」にはつながりません。経営経験や現場経験があっても、異業種だとほとんど通⽤しません。 私は経営者と⾯談して10分程度で、会社の全体構造を把握します。この作業の難易度が⾼いので、投資やIPO、M&Aが成功しないのです。
ただ出て来る結論は単純で、理解するのに専⾨知識が必要になる話ではありません。この結論に⾄るプロセスを、半年程度分析したところ、どうも私は無意識に、3つぐ らいの要因を選択し、組み合わせて判断を下しているようなのです。 2つまでの要素だと、MBAのケーススタディのレベルで何とかこなせますが、簡単な 話でも3つ以上の要因が絡むと、⼀般的な専⾨家では⼿も⾜もでません。
これが株式公開業務で私が発⾒・到達した「観」の領域です。 経営学の世界では、よく「暗黙知」といった⾔い⽅がされます。
四番⽬は「中」、その⼈の中でいくつかの観が融合すると、その⼈特有のモノの⾒ ⽅、中⼼軸のようなものが形成されます。
「⾃分」が⾒つかった気がしますので、迷うことが減りますが、かといって頑固にな り、考え⽅が固定される訳ではありません。
社会の流⾏への関⼼が薄れ、外側を気にして飾る事よりも、内側を合理的に整えるこ とに注⼒するようになります。
五番⽬は「空」、「⾃分」が薄れて宇宙と⼀体となる感覚です。囚われが希薄となり、⾃分の出番があっても無くても、気にならなくなります。
お釈迦様は「宇宙」といった⽤語法には無記を貫きましたが、まぁここが仏教各宗派のゴールと考えても、⼤きく間違ってはいないと思います。
遊と型は⼿段、観と中と空とが⽬的、観が局所的⽬的だとすれば、中は⼈格的⽬的、空は宇宙的⽬的とも表現できるのかもしれません。
型の仏教を振り回してもビジネスには無意味ですが、観に達すると仏教はビジネスに 直結し、中で仏教とビジネスは経営者の中で統合され区別がありません。
空の領域では「仏教即ビジネス」と垣根がなくなりますが、この領域はもはや、私の守備範囲ではありません。
◎本レポートは、<宝瑞院副住職 沼田 榮昭のマニアックなメルマガ 12 【2024年12⽉】を大原浩の責任で編集したものです。
★沼⽥ 榮昭(宝瑞院副住職)
楽天・サイバーエージェントなど有⼒企業の上場を⼿掛け、「伝説の株式公開請負⼈(⽇経新聞記事より)」と⾔われる。2000年〜2021年まで21年間、サイバーエージェントの社外役員を務める。リカバリーインターナショナル株式会社(東証グロース:214)社外取締役。
宝瑞院(茨城県神栖市・浄⼟宗系単⽴寺院)副住職。中華⼈⺠共和国主治中医師(内科)、⼤阪⾳楽⼤学客員教授、情報経営イノベーション専⾨職⼤学客員教授、復旦⼤学(中国・上海)⽇本研究センター客員研究員。CIF認定TimeWaverセラピスト®。RYT200(Registry ID: 417550)、ディープマインドフルネス®ヨガ認定講師。
ファイブアイズ・ネットワークス株式会社
〒150-0044
東京都渋⾕区円⼭町5-4 フィールA渋⾕1402号
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研究調査等紹介
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