世界は感情で動く 行動経済学からみる脳のトラップ

マッテオ・モッテルリー二紀伊圀屋書店

経済学では、人間は合理的存在とされ、「選択肢の中から必ず自分にとって(金銭的に)得になるものを探す」のが当たり前とされます。しかし、人間とはそのような機械的な存在ではなく、「感情」で動くため経済学が現実の世界では全く役に立たないわけです。

よく考えてみれば、人間の脳は、発生学的には腸から発達しており、自分自身を生存させる(そのために必要な栄養素を吸収する)ことがシステムの根幹に位置します。一般的には<本能>と呼ばれるこのシステムが、人間の行動に大きな影響を与えることが、近年の研究によって明らかになってきています。

大脳、特に前頭葉などの知的活動をつかさどる部分は、辺縁系と呼ばれる身体の機能に強く関連した部分や、身体そのものの奴隷にしかすぎないのかもしれません・・・

本書でも、人間の(本能に基づく)馬鹿げた投資行動にたびたび触れていますが、私の長年の経験でも、ほとんどの投資家は知性・論理などをこれっぽちも使わずに、本能(直感)に頼って取引をしています。確かに、投資を始める前には、色々なところから仕入れてきた理屈を並べて講釈を垂れますが、いざ取引を始めて損をしたり得をしたりすると、そんな理屈などきれいさっぱり忘れて、「自分の感情の奴隷」になり下がります。

ウォーレン・バフェットの師匠であるベンジャミン・グレアムは、市場がそのような「自分の感情の奴隷」になることを<ミスター・マーケット>と呼んで擬人化していました。優れた投資家は、行動経済学が発展する前から、人間がそのように本能で動かされることを理解し、それに対して冷静に対処することで巨額の富を稼いできました。

本書で紹介されている有名な事例に「人間は喜びの2倍苦痛を感じる」というものがあります。つまり100万円儲かった喜びと50万円(100万円の半分)損をした苦痛は同じということです。

バフェットの有名な言葉に、「大衆が熱狂しているときには慎重に、彼らが恐怖におびえているときには大胆に」というものがありますが、特に大衆が損をし(おびえ)ているときは(喜びの2倍に感じられる)痛みから、非合理的な行動をとることが多く、絶好のチャンスなのです。

 

<文責:大原浩>

 

 

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