バフェットとポーターに学ぶナンバーワン企業戦略 第3回 ナンバーワン企業の人事制度=「終身雇用の実力主義」

終身雇用と年功序列はセットでは無い

 私がいつも奇妙に感じるのは、マスコミを中心とする多くの人々が終身雇用と年功序列をセットで語り、まるで分かちがたく結びついていて切り離すことが出来ないもののように扱うことです。そんなことはありません。むしろ、両者は相反するものでありその調和しないものを一つの会社の中に押し込めようとするから、日本の多くの企業で問題が生じているのです。

なぜこの二つは相反するものなのか?まず、終身雇用について考えてみましょう。前回述べたように、「会社は愛されなければならない」のですが、会社が愛されるためには会社が社員に対して誠実であり、なおかつ社員からも信頼される必要があります。

会社が社員から信頼されるための最良の方法はたぶん終身雇用でしょう。社員は、自分の一生涯の食い扶持を保証してくれる会社に大いに感謝し、尽くそうという気持ちになるはずです。

例えば武士を考えてみましょう。封建制度では「御恩と奉公」という関係が機能していました。武士たちの所領を安堵(食い扶持を保証)することによって、主君に奉公するよう求める。ずいぶん古臭い話だと思われるかもしれませんが、当時も現在も人間の本質そのものは変わっていません。終身雇用とは所領安堵と同じことであり、これが確保されなければ、武士が主君に反旗を翻すように従業員が会社に対して反乱を起こしても仕方がありません。

逆に年功序列は、組織や従業員を腐敗させます。終身雇用で身分が保証されているのに加えて、仕事の結果が社内の地位や報酬に反映されないのであれば、社員のモチベーションは急低下します。例えば、旧ソ連やチャイナなどの共産主義国家で、終身雇用の年功序列組織である国営企業がどうしようもなくなりました。そして、結局資本主義的競争原理を取り入れた「市場化」で生き延びただけでは無く、チャイナに至っては「改革開放」という実力主義で大繁栄したことを見てもこの事実は明らかです。

人事・給与システムを頻繁に変更してきたある企業のオーナー社長もこう言っています。「固定給、完全歩合制など色々な方法を試したが、結局、生活最低限の基本給を保証して、それに加えて思い切った歩合給を支給するやり方が、もっともうまくいった」

「最低限の生活が保障された上で、実力次第でより多くのものを得ることが出来る」というシステムが最もうまく機能するということです。

リストラをしてはいけない

ところが、現在の経営者の多くはまったく逆のことを行っています。私が若いころは「経営者の最も大事な仕事は、従業員とその家族の生活を保障することである」と当たり前のように語られていましたが、最近はそんなことを言う人には滅多にお目にかかりません。しかも、リストラを何回も繰り返しています。もちろんどのようなエクセレントカンパニーであってもリストラをしなければならない危機に陥ることはあり得ます。しかし、その際にはリストラ対象者を出来る限り手厚く扱い、「この1回限りである」と明言し、かつその通り実行しなければなりません。「次は俺だ」と社員が思い始めたら、モチベーションなど無いも同然です。

さらにリストラの負の側面を挙げれば、身内に多くの敵をつくることです。

米系の企業などは、日本でも日常的にリストラを行いますが、その手法は例えばこうです。ある日、出社するとビルの玄関に「次の者出社に及ばず」という張り紙が貼られていて、その中に自分の名前を見つけます。それでも、事務所に行こうとすると、自分のカードキーはすでに無効になっていてすごすごと自宅に帰ります。数日すると私物が会社から宅急便で送られてきて「さようなら」というわけです。もちろん、労働法規は守らなければなりませんから、これは誇張された表現ですが、リストラを告げた社員を社内に入れないのは当然のことです。

リストラを告げられた途端、社員が次の生活の糧を見つけようと必死になるのは当然ですから、社内から何を持ち出されても不思議ではありません。要するに、リストラを告げられた瞬間からその社員は「ライバル企業に転職するかもしれない敵」になるのです。もちろん、リストラされた社員だけではありません。その様子を見て「次は俺だ」と思っている社員も同様です。

難しい実力主義にこそ挑戦すべきである

現在の経営者がリストラに走って「実力主義」をおろそかにするのは、その方が手っ取り早くて簡単だからです。リストラをすれば一時的なリストラ費用がかかりますが、バランスシート上では目に見えてコストが削減できます、それに対して実力主義を浸透させるのには長い時間がかかる上に、その効果を測定するのは簡単ではありません。ですから、4~5年程度で交代していくサラリーマン社長は、目先の効果がすぐに出るリストラに走ってしまうのですが、「実力主義」を浸透させることが出来ない企業は、結局組織が腐敗して崩れ去ってしまいます。

 

バークシャーは「終身雇用の実力主義」

バフェット率いるバークシャー・ハサウェイは、コカ・コーラ、アメックス、アイビーエムなどの巨大なグローバルカンパニーの大株主であるエクセレントカンパニーですが、終身雇用はもちろんのこと、定年もありません。本人が退職を希望するか、死亡するまで働くことが出来ます。人間の能力を年齢で判断し、一律に退職させるのは不合理だからです。これまでの最高齢はミセスBで、104歳になるまで(車いすに乗りながら)現場で働いていました。

しかし当然のことながら、バークシャーは年功序列の会社ではありません。徹底した実力主義を採用しています。よくバフェットは傘下企業の経営に口を出さないと言われていますが、それは「口を出す必要が無い」からであって、決して放任しているわけではありません。経営は企業の自主性に任されていますが、経営状況の報告は義務づけられています。バフェットは、場合によっては月次で上がってくるそれらの資料をすべて読みこなし、傘下企業の状況をすべて把握しています。そして、バフェットの最大の仕事である「経営者の報酬の決定」を行います。といっても難しい仕事ではありません。毎年傘下企業の経営者が「今年の業績目標数値」をバフェットに提出します。この数字にバフェットが異論を唱えることはまず無いので、独自の計算式でボーナスを含めた報酬金額がほぼ自動的に決まります。後は、その数字を実現するだけです。自分で決めた数字ですから、大概の場合達成します。もし、万が一達成できなければ(特に続けて達成できない場合)、誇り高い経営者の多くは、自ら退く道を選びます。もちろん、(わずかの例外を除いて)強制されることはありません。

バークシャー傘下企業の人事制度は、各企業の裁量に任されているので様々ですが、グループの基本姿勢は「自ら目標を定め、その目標を実現するために最大限の努力をする」ところにあります。

 

<文責:大原浩>

★産業新潮社(「産業新潮」)HP

http://sangyoshincho.world.coocan.jp/

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