不合理だからすべてがうまくいく

ダン・アリエリー早川書房

「予想通りに不合理」と同様、「著者の壮絶な体験」も含めた身近な出来事を中心に取り上げつつ、「行動経済学」のエッセンスを伝えてくれる本です。

学問の本というよりは「自己啓発」的要素を含めた本ともいえます。

例えば、<復讐>というのは愚かしいことで、古今東西の賢者がその愚かしさをいさめています。「客家大富豪の教え」(甘粕正箸)の<第2の金言=許すことを知れば運命を変えられる>でも、復讐心が自分自身の未来に何ももたらさないことを述べています。

しかし、著者の研究によれば、人間が復讐について考えているときには、脳のある領域の活動が活発になり、快感を感じているようなのです。また、この快感は、自分自身に関する復讐だけではなく、他の人が虐げられていたり理不尽な扱いを受けていることに対して<復讐>する姿を見るだけでも活性化します。

つまり復讐には<脳内の快感物質を増大させる麻薬>のような効果があるというわけです。愚かであるとわかっていてもなかなかやめられないですし、古今東西「復讐劇」が物語の定番であるのも不思議ではありません。

ただ、そこで終わらないのが筆者の優れた観察眼です。「最後通牒ゲーム」という行動経済学では定番の実験があります。どのような実験かは、ぜひ本書を読んでいただきたいのですが、合理的に考えれば<Aという被験者がBというパートナーの被験者になけなしの金を分け前として渡して、もらったお金をほとんど一人占めする>のが古い経済学における「合理的経済人」の行動です(実際古い経済学を勉強している学生はそのような行動をとります)。

ところが、実験の結果はそのようにはなりません。それなりに妥当と考えられる範囲の分け方で決まるケースが大半なのです(例えば6:4とか・・・)。

筆者は、この他にも拡大バージョンの実験を行うことによって「人間の復讐心が全体としては社会の秩序の形成に役立っている」のではないかと考えるようになります。

例えば、口約束で山分けするはずのお金を相手が持ち逃げしてしまったとします。口約束ですから、裁判に訴えても勝ち目はあまりありません。もし、このだまされた人が合理的に「いつまでも恨んでいても仕方がないから、もう忘れよう」とします。この持ち逃げ犯は罰せられることなく同じことを繰り返すでしょう。

それに対して、騙された人には何の得にもなりませんが、一時はやった「倍返し」の復讐を執拗に行ったらどうでしょうか?持ち逃げ犯は安らかに眠れませんし、持ち逃げの誘惑にかられていた人も、改心するかもしれません。

個々人にとって何の得にもならない復讐が、社会秩序の維持には役に立つという筆者の視点は非常に興味深いものです。

 

<文責:大原浩>

 

 

 

 

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