大国の興亡<上巻> 1500年から2000年までの経済の変遷と軍事闘争

ポール・ケネディ 草思社

法皇様に支配された暗黒時代からの脱出

<上巻>だけを読んだ段階でも、500年におよぶ(上巻では第1次世界大戦のあたりまで)欧州史の壮大な歴史絵巻には圧倒される。

およそ1000年の間のキリスト教(カトリック)支配のもと、西ヨーロッパ圏では古代ローマ・ギリシア文化の破壊が行われ、多様性を失うことにより、世界に誇るような文化を生むことはできなかった。いわゆる中世を暗黒時代である。

この期間におけるキルスト教支配は苛烈であり、宗教裁判において典型的に見られるように、教会に雇われたプロフェッショナル(拷問師)による拷問、火あぶり、八つ裂きなどその残虐性は際立っていた。北朝鮮の将軍様ならぬ、カトリックの法皇様の独裁によって、欧州は当時進んだ文明であったアラブ圏、アジアなどのはるか後塵を拝した野蛮な後進国に過ぎなかった。その野蛮な出遅れた欧州が突如として、世界の中心となり他の地域の支配者となったのである。

これは例えていえば、現在の北朝鮮が米国のような繁栄する大国に変身したようなものであり、歴史家の注目を常に浴びているのは当然ともいいえる。<1500年~2000年の欧州を中心とした大国の興亡>には極めて重要な意味があるのである。

ルネサンスの開花

おぞましいキリスト教支配を打ち破るルネサンスはイタリアで始まった。シチリア王・神聖ローマ帝国皇帝のフェデリコ2世(1194 – 1250年。イタリア生まれでイタリアを中心に暮らした)が、ローマ帝国の復興を志し、シチリア王国に古代ローマ法を基本とした法律を定め、ナポリ大学を開いたのがその始まりといえるだろう。しかしながら、ローマ教皇や諸都市と敵対し、結局、彼の死後、南イタリアはフランス・アンジュー家の支配下に入った。

14世紀以降、ルネサンスの中心地となったのは、地中海貿易で繁栄した北イタリアやトスカーナ地方の諸都市である。特にフィレンツェは、毛織物業と銀行業が盛んになり、大きな経済力を持っていた。

15世紀末から16世紀に入ると他の欧州諸国にもルネサンスが広がる。本書が扱うのは、まさにこの時期からであるが、ルネサンスが欧州諸国をキリスト教支配から解放したとは言い難い。18世紀のアダム・スミスの時代にも宗教裁判は行われ、たまたま彼がパリ在住の際に行われた宗教裁判で、息子の無実を主張した父親の勇気をほめたたえている。ちなみに、「欧州最後の魔女」と呼ばれるアンナがスイスで処刑されたのは1782年である。

産業革命によって「人類」は「人間」に進化した

奇しくも、産業革命が英国で起こったのが1800年頃である。私は、「人類」と「人間」を区別しているが、(すでに人間であった)王侯貴族以外の庶民が生物学的分類の「人類」というだけでは無く、我々の考える「人間的」な活動が可能な「人間」となったのは、産業革命以降、莫大な富が蓄積され、それが労働者(国民)に広く還元されたからである。

通説では、資本家によって労働者が生み出す富が奪われたとされるが、これは間違いである。もちろん資本家も潤ったが最大の受益者は(工場)労働者である。

しばしば産業革命時の劣悪な労働環境、児童労働、長時間労働が糾弾される。それを否定するわけではないが、彼らが都市で働くために農村から大挙してやってきたのは農奴(農民)の生活がそれよりもはるかに悲惨であったからである。例えば、農村で幼い子が畑仕事を手伝うのは当たり前であったが賃金は1円たりとも支払われなかった。また農奴は、長時間労働どころか定まった休日さえ無い。

一般大衆が読み書きさえままならない時代から、庶民の子供が大学や大学院に通うことができる時代へ移り変わったことこそが、産業革命以降の生産性向上で生み出された富が労働者(一般大衆)に広く還元されたことの証である。

産業革命が戦争を変えた 

英国で産業革命が始まったのが必然なのか偶然なのかは多くの議論があるところだが、アダム・スミスが理想とする「自由主義」(念のため彼は、例えば外国の侵略を防ぎ自由を守るために政府(軍隊)は必要不可欠だと述べている)が少なくとも、他国に比べて英国で発展したのは間違いないことである。

本書でも、英国の「自由主義」に詳しく触れており、それがフランスやドイツなどの全体主義的傾向(絶対王政、ファシズム、共産主義など)と異なり、英国の繁栄に寄与したと述べている。

ただし本書のテーマである「大国の興亡」は、経済的要因と軍事的要因が複雑に絡まって起こるものである。特に近代の戦争においては、兵器や物資を供給する資金やテクノロジーが極めて重要であるが、軍隊の戦術や士気、さらには近隣諸国との地政学的関係も極めて重要である。例えば英国は欧州の辺縁の島国であり、ロシアも辺縁国家だが、フランスは大陸の中心部に位置し、国境線の心配を常にしなければならない。

テクノロジーの発展と、生産性の向上(経済の発展)、人口増加などが複雑に絡み合う中で大国がどのように興亡したのかを、本書は極めてすっきりと描いている。

現代の戦争

 最近、米中貿易戦争が話題になっているが、これはもしかしたら文字通り「新しいスタイルの戦争」の始まりかも知れない。

本書でも鋭く描写しているように、殺し合いをする戦争において、尊い人命が失われるのは間違い。例えば、第一次世界大戦の犠牲者は、戦闘員および民間人の総計として約3700万人。また、連合国(協商国)および中央同盟国(同盟国)を合わせた犠牲者数は、戦死者1600万人、戦傷者2,000万人以上を記録しており、これは人類の歴史上、最も犠牲者数が多い戦争の1つとされている。

現在、徴兵制を停止(制度そのものは現在も存続している)している米国が、米国の若者の血を大量に流す戦争を長期間続行するのは、世論対策も含めて簡単では無い問題である。北朝鮮などのならず者国家は、そのような米国の足元を見ているフシがある。

しかし米国は、最新兵器に裏打ちされた強大な軍事力だけでは無く、血を流さない戦争=「無血戦争」においても圧倒的な強さを持っているのである。

いわゆる購買力の高い「消費者」の立場から「売り手」である中国を締めあげる「貿易戦争」もその一つだし、昔で言えば「海上封鎖」に相当するような「経済制裁」も、ボディーブローのようにじわじわ効いてくる効果的な戦略である。

しかし、「無血戦争」における米国最大の武器は「金融」である。世界のお金の流れを支配しているのは米国なのである。

例えば、北朝鮮やイランの高官の口座を経済制裁の一環として封鎖したというようなニュースを聞くとき、「どうやって口座を調べたのだろう」という疑問を持たないだろうか?

このような人物が本名で海外に口座を開くとは考えにくく、当然偽名やトンネル会社などを使用する。しかし、そのような偽装をしても、FBIやCIAは、口座間の資金の流れを解析して、本当の口座の持ち主をすぐに特定できる。この基本技術は30年前には確定しており、私が執行パートナーを務める人間経済科学研究所代表パートナーの有地浩がが30年前にFInCEN(財務省所傘下の政府機関:https://www.fincen.gov/)で研修を受けたときにはすでに基本技術が実用化されていた。

その後、テロ対策、マネー・ロンダリング対策で銀行口座開設や送金の際の本人確認が非常に厳しくなったのは、読者も良くご存じだと思うが、これは米国の指示による。日本だけでは無く世界的な現象なのである。

少なくとも米国の同盟国・親密国においては、どのような偽装をしても米国の監視の目からは逃れられないということである。

スイスのプライベートバンクの匿名性が攻撃され、口座情報が丸裸にされたのもこの戦略と関係がある。

そして、北朝鮮、共産主義中国など米国と敵対している国々のほとんどは、汚職で蓄財した個人資産を保管しておくには適さない(いつ転覆するかわからない)ので、米国の口座に保管をするしかない。

米国と敵対する国々の指導者の目的は、国民の幸福では無く個人の蓄財と権力の拡大であるから、彼らの(海外口座の)個人資産を締めあげれば簡単に米国にひれ伏す。

孫子は「戦わずして勝つ」ことを最良の戦略としているが、まさに金融を中心とした「無血戦争」で、連勝を続けているトランプ氏は、歴代まれに見る策士の才能を持った(優秀な策士のブレインを持った)大統領なのかもしれない。

 

(文責:大原浩)

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