『アメリカ経済 成長の終焉(上・下)』
『アメリカ経済 成長の終焉(上・下)』
ロバート・J・ゴードン著,高遠裕子・山岡由美訳
ロバート・ゴードン教授(米国ノースウェスタン大学)といえば、米国のマクロ経済学者であり、生産性問題研究の大家である。本著は、ゴードン教授が2016 年に公刊した大著、「The Rise and Fall of American Growth」の翻訳です。
本書の第2 章では、南北戦争が終わり、大陸横断鉄道が開通して、北米大陸に統一した経済圏が形成された1870 年時点のアメリカの典型的な経済生活状況が書かれています。鉄道、蒸気船、電信などは、1870 年以前の発明ですが、1870 年以降、日常生活で実用化されてきました。この1870 年以降の100 年(1870 年~1970 年)で起きた発明や技術革新は、人間の生活や生活水準に広範な影響を及ぼしたとしています。そのことは、この100 年の後半の50 年(1920~1970 年)で、より顕著でした。しかも、著者は、動力、輸送、通信、衣食住など人間生活にとって必要不可欠な技術革新は、1 回限りのものであり、この100 年間で出尽くしたと語っています。
また、エアコンは別にして、日常生活の劇的な変化をもたらす発明は、1940 年以降生まれていないと判断しています。20 世紀末から21 世紀の情報通信革命で生まれたスマートフォンなどのIT 機器が日常生活に与えた影響は、上下水道をはじめとした1940 年までの発明が米国社会に及ぼした影響に比べれば、はるかに小さかったとしています。
読者のほとんどがもっともインパクトを受ける章は、「1920 年代から50 年代の大躍進-何が奇跡を起こしたのか?」と題する第16章でしょう。著者は、1929 年より始まった大恐慌と1940 年代前半に起こった大戦の影響は、戦後の1970 年まで米国の生産性を持続的に向上させてきたと主張します。その通り、大恐慌を契機に実施されたニューディール政策や大戦における莫大な戦争支出は、ケインズ経済学的な意味で経済刺激効果を創出したのですが、それは、供給面でなく、需要面を通じての効果とされてきました。
しかし、TFP(Total Factor Productivity:全要素生産性)が飛躍的に伸びた1929 年から1950 年にかけては、労働投入量と、特に資本投入量の伸びが著しく減速したにもかかわらず、実質GDP は2倍以上になりました。著者は、大恐慌と大戦によって米国経済の供給サイドが飛躍的に改善されたと主張します。
17 章では、1970 年以前の成長が速かった理由ではなく、1970 年以降に成長が減速した理由について問うています。1990 年代末に見られた、インターネットやウェブブラウザ、検索エンジン、e コマースの登場によって、ビジネスの手法や事務手続きが一変し、その効果が労働生産性の再上昇という形で現れましたが、それは、長期にわたるものではなく、一時的なものだと結論づけます。
さらに18 章では、もっと悲観的な見通しを述べています。足元の強力な逆風によってアメリカ人の生活水準が伸び悩んでいることを踏まえ、生活水準が今後どうなるかを予測しています。4つの逆風-格差、教育、人口動態、財政-が組み合わさると、経済全体の労働生産性の上昇に比べると、所得階層の下位99%の可処分所得は、かなり緩慢になるだろうと主張します。
本書が、米国社会に政策的なインパクトを与えたとされるのは、情報通信技術の革新が、1994 年から2004 年にかけて生産性を一時的に向上させたものの、かつて1870 年から1970 年にかけて享受したような生産性の飛躍的な向上を米国経済にもたらすことはないと結論していることです。
ゴードン教授の著作を読んで個人的に思うことは、自国の経済の将来を考えるにあたっては、自国の経
済の歴史でも、ある意味100 年以上の幅で様々な資料をしっかり深掘りすべきだということです。
★筆者:農林水産政策研究所 主任研究官 鈴木 均
略歴:農水省に入省後、統計情報部、経済局、大臣官房、九州農政局を経験。この間、経済企画庁、内閣府、国交省、文科省にも出向。これらを経て、現職にいたる。
本文は、「農林水産政策研究所」のWEBサイトから転載させていただきました。
https://www.maff.go.jp/primaff/index.html
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