たまたま 日常に潜む「偶然」を科学する

レナード・ムロディナウ ダイヤモンド社

 「偶然」にまつわるエピソードを、世の中の幅広い範囲にわたって歴史的に深く洞察した良書です。特に歴史的なエピソードには興味深いものが多く、カルダーノの半生は注目されます。

 そもそも、「確率論」や「統計学」は、古代ギリシャから続く幾何学などの偉大な「正統派数学」とは違って、その理論を確立したのがギャンブラーやアマチュア数学者であることから(しかも歴史が新しい)、軽く見られがちですが、少なくとも人間社会との関係に関する限り「確率論」や「統計学」のほうがはるかに重要であることは明らかです。

 サー・アイザック・ニュートンが錬金術に熱中していたのは有名な話ですが、「科学」そのものの出自が、結構怪しいところにあるのも事実です。ただし、だからといって「科学」の素晴らしさが否定されるわけではありません。

 「確率論」や「統計学」の成立が遅れたのは、その内容が人間の直感に反するという点も大きく影響しています。本書でも取り上げられている有名なモンティー・ホール問題に関する世間の反応を見てもわかります。

 これは米国の人気クイズ番組で、三つのドアのうちの一つの後ろにマセラティ(高級スポーツカー)のような高価なものが、残り二つの扉の後ろには例えばシェークスピア全集のような面白味の無いものが置かれています。

 そして、解答者がその中の一つを選ぶと、司会者は残った二つのうちの一つの扉を開けます(残った扉は二つになる)。その時に解答者は最初に選んだ扉をやめて新しい扉にすべきか、それともそのまま最初の扉を維持すべきかというのが問題です。

 「残った二つの扉のうちのどちらかを選ぶのだから、50%対50%でどちらでも一緒」というのが、大半の方の直感的な答えではないでしょうか?

 高名な数学者を含むほとんどの米国人の考えも同じでした。ですから、1990年の9月の日曜日に「パレード」というニュース雑誌のコラムで「答えを変えた方が有利である」と解答したマリリン・ヴォス・サヴァントのもとには「ばかげている」といった非難や中傷の手紙が前記の高名な数学者を含む人々から殺到したのも当然かもしれません。

 しかし、現在では彼女が正しかったことが明らかになっています。なぜ彼女が正しいのかを説明するのは、それが人間の直感に反するだけにかなり難しいのですが、本書では見事に説明しています。たぶんこれまで読んだ類書の中で、最も上手に説明していると思います。

 また、ベルカーブと「パスカルの三角形」についての解説もよくできていて、ベルカーブそのものに対する理解も深まりました。その他の解説も非常に理解しやすく参考になるのですが、ここでは紹介する余裕がありませんので、ぜひ本書を読んでみてください。

 また、「確率論」、「統計学」、「行動経済学」の本に頻繁に登場する「投資」に関する話もすっきりと書かれています。これらの学問がもともとギャンブルと深い縁を持っているため、投資(少なくとも大半の人が行っている手法)が研究対象になるのは自然なことです。

 第7章ではベルカーブや標準偏差をもとに、ファンドマネージャーたちが「コイン投げ」以上の成績を残せないことを明らかにしています。

 ちなみに、ベルカーブや標準偏差はスポーツの対戦において結果がランダムではない(つまり不正が行われている)ことを発見するのに活用され、本書でもいくつかン事例が掲載されています。「やばい経済学」で有名なスティーヴン・D・レヴィット&スティーヴン・J・ダブナーの著書でも大相撲の取り組みの分析が登場します。もちろん、統計学的に「八百長が行われていることは99.9%確か」だとしていますが、この業界では「何人も死人が出ているのでこれ以上は言えない・・・」と口をつぐんでいます。

 第10章ではドランカーズ(ランダム)ウォークの解説の中で、全部で800の投資ファンドの過去5年間の成績とその後の5年間の成績を比較しています。読者の予想通り、両者には何の関連性もありません。

 バフェットも助っ人(銀行、証券、アナリスト、評論家等)のアドバイスに金を払う価値はないと言っていますし、「ファンドに投資すべきではなく、唯一投資する価値があるのは手数料が安い(本書でもその重要性を指摘しています)インデックスファンドだ」と述べています。

 科学的な裏付けがあり「世界一の投資家」が太鼓判を押す事実に、世間の大半の人々が無反応なのは残念なことです。

(文責:大原浩)

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