ファスト&スロー あなたの意志はどのように決まるのか?(下)

ダニエル・カーネマン早川書房

下巻においてもカーネマンの鋭い洞察と、非常にわかりやすい解説に変化はありません。

上巻は、システム1とシステム2による人間の脳活動の分析が中心でしたが、下巻は「フレーミング」、「利用可能性バイアス」など、人間の判断の誤りを誘発する原因や、「自信過剰」「メンタルアカウンティング」などの問題に鋭く切り込みます。

最近、新聞やテレビの世論調査の結果が各媒体によって大幅に違うことが話題となりました。統計学的なサンプル抽出の問題(絶対的なサンプル数が足りないとか、ある新聞の読者が偏向している)も理由の一つですが、「フレーミング」の問題もかなり大きいと言えるでしょう。

例えば全部で600人が死の危機に瀕しているとき、「200人が助かる」選択をすることは簡単ですが「400人が死ぬ選択」には心理的な抵抗があるはずです。結果的には同じなのですが・・・

このようなフレーミングを使って世論を誘導するのはマスコミの常とう手段です。しかし、フレーミングを悪用するのは決してマスコミだけではありませんので、我々はこの問題にかなり注意しなければなりません。

また、カーネマン自身がどの程度投資に関わっているのかは(自身の資産も含めて)不明ですが、投資に関する洞察の深さには恐れ入ります。

共同研究者のエイモス・トヴぇルスキーがある投資アドバイザーに自分の資産の評価を頼んだ時のことです。その投資アドバイザーは、それぞれの資産の購入価格を教えてくれるよう依頼したのですが、エイモスはそのようなものを何に使うのかわからず大変驚きました(ちなみにカーネマンも)!するとそのエイモスの反応を見た投資アドバイザーもびっくりしました。

少なくとも、理論的に考える限り、過去の購入価格は資産を将来どのように運用するのかを考えるときには全く関係ありません。

例えば、トヨタ自動車の株が現在7000円とします。9000円で買って2000円損していても、4000円で買って3000円儲かっていても、これからすべきことは同じです。

もし、その時点で損をしているのか得をしているのかが、将来の判断に影響したとすれば、その判断は<明らかな間違い>です。

その時点での損得に目くらましをされるがゆえに、多くの投資家は投資に成功できないのです。私自身も、その本能から完全に逃れることはできませんが「いくらで買ったか」などということはできる限り早く忘れるよう心がけています。大事なのは「これからどうするのか」という判断だけなのです。

さらに、<大きな利益が予想されるときよりも、大きな損失が予想されるときの方が、人間は大胆なギャンブルを行う>というのも非常に興味深い話です。

例えば、ある株式の投資で1000万円の損失が生じているときに、

  1. 1000万円の損失を確定する(損きりをする)
  2. 10%の確率で損失がゼロになるが、90%の確率で損失が1112万円になる。

としたらどうでしょうか?この設問は私が考えたものなので実験をしてみないと確かなことはわかりませんが、カーネマンの研究や私の観察によれば、2番の更なるリスクをとる方が多いのではないでしょうか?

実際のマーケットでは、将来の株価が予想できませんから、2)を選択し「討ち死に」する投資家が後を絶たないというわけです(損失を確定すれば将来の株価がどうなっても損失が膨らむことは無い)。

<文責:大原浩>

 

 

 

 

 

 

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