生物化するコンピュータ
デニス・シャシャ&キャシー・ラゼール 講談社
デジタルは原始的である
「生物化するコンピュータ」という言葉の持つ意味は大きい。人類の文明において「デジタル」が表舞台に登場してきたのは、ここ半世紀ほどのことである。それまでは、すべて基本的にはアナログであった。
現在のトルコに残された、現存する人類最古の遺跡とされる「ギョベクリ・テペ」の時代から約1万年、同じ祖先からサルと分岐したのが2800万年から2400万年前頃と推定されていることを考えれば、ごくごく最近の話だ。
だから、世の中で「人類はアナログからデジタルに進化する」という考え方が流布するのも仕方が無いのかもしれない。
しかし、これはまったく間違った考えである。
生物はデジタルからアナログへ向かって進化しており、特に人間の脳はアナログだからこそ、高度な情報処理ができるのだ。
例えば、人間の両目の視野は実のところ両手を広げたときに先端が見える180度あるのだ(実際に意識を集中すると前を向いたまま、両手の先端が見えるはずである)。
それだけの範囲のいわゆる「動画情報」をすべて脳で処理しようとすると、あっという間にパンクする。だから、脳は普段視線の先のごく狭い範囲だけの情報を丁寧に処理し、その他の情報は、ほとんど右から左に流してしまうから、見えているようには思わないだけである。
つまり、脳はアナログでファジーな情報処理をしているからこそ高機能なのである。今騒がれているAI(人口知能)は、実のところチェス・碁・電話の受け答え・クイズなど脳が処理している膨大な情報の一部だけをとりだして、デジタルで処理しているだけに過ぎない。
だから、人間の脳と同様に高度な処理を行うことができる本当の意味でのAIの登場はまだまだ先であり、コンピュータはまだまだデジタルという原始時代にいるのである。
したがって、コンピュータの進化が「生物化」を目指すものであることは間違いない。
アナログの方がデジタルよりもすぐれている
例えば、コンピュータのプログラムを書くときに、コンピュータは壊れないことを前提とする。デジタルはすべてを「正確に決定」しなければならないから、必然的にそうなるのだ。
しかし、実際のところは、地球上では「宇宙線」あるいは「素粒子」が飛び交っており、コンピュータはその影響を受ける。コンピュータがフリーズする理由の一つは「宇宙線」や「素粒子」によって回路・プログラムが損傷することである。
もちろんDNAも「宇宙線」「素粒子」によって傷つくが、それはファジーな生命システムによって修復される。ちなみに、生物の死は、DNAを修復し続けると、ある段階から修復するよりも、新品に取り変える方が効率的になるという理由で存在する。そもそも、個体の死と誕生が無ければ、次の世代で進化することがでない。
つまり何十年も乗ったオンボロ自動車は、燃費も悪くすぐに故障するから新車(新生児)に乗り換えたほうが効率的だというのが自然界の原理である。
確かに、デジタルはいわゆる「デ―タ処理」にはすぐれている。会計データ・統計データをはじめとする処理能力は、人間をはるかに凌駕する。しかし、その能力は「ゼロ」と「1」を行ったり来たりする、賽の河原の石積みを辛抱強くかつ素早くこなすもの以上では無い。
例えば、蝶の羽の模様を考えてみよう。この図柄をデジタルでデザインしてみたとしたら、その計算量は膨大だ。しかし、例えば盆の上に張られた水の上に何色かのインクを落とすようにデザインしたら、非常に効率的だ。
自然界のデザインというのは、アナログだからこそ生き残ったのだ。
そもそも、生物というのはデジタルでは無くアナログだからこそ、エントロピーの法則に逆らって誕生し成長できるのだ。
また、デジタルは「答えが確実」にある分野では強いが、「答えがあるのかどうかさえ分からない」問題には非常に弱い。
例えば「未来に何が起こるか」という問題には、デジタルは答えようが無い。しかし、生物というのは、その将来の不確実性に対して、何十億年藻の間、アナログで対処してきたのだ。
<「不確実な未来」には、ファジーなアナログで対応するのが効率的だ>というのが、長年の生物の進化の中で得られた結論である。
したがって、DNAコンピュータなど、生物にヒントを得たコンピュータが今後発達するのは必然といえる。
(文責:大原浩)
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