複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線

マーク・ブキャナン 草思社

<世間は狭い>

 

街角でばったり知人に会った時などに、「It’s a small world!」(世間は狭いね)と言います。この「街角で知人にばったり現象」は、「確率論」の観点から考えれば実はそれほど珍しいことではありません。

 

例えば私がある友人の娘に銀座の街角でばったり会う確率は確かに低いのですが、私が多数の友人のうちのさらに何人かいる娘のだれか・・・さらには、すべての知り合いのうちの誰かの家族、親せき、友人の一人などと範囲を広げ、そのうえ場所も銀座だけではなく、青山、新宿などと広げるとばったり出会う確率はかなり高まります。

 

また、例えば同じ誕生日の人がいる確率も同じです。例えば、ある場所に「あなたと同じ誕生日の人が50%」いるようにするには、1年の半分の日数(183)と同じだけの人を集めなければなりません。しかし、「同じ誕生日の人が50%」いるようにするためには23人いれば十分です。あなたと他の人との組み合わせはワンパターンしかありませんが、他の人と他の人との誕生日の組み合わせは多数あるからです。

 

本書の主要テーマである「スモール・ワールド」は、前記の「世間は狭いね」という意味に近い概念であり、「組み合わせ=ネットワークに着目するとこの世の中は狭い」という意味では同じフィールドでの議論ということになります。

 

よく、「世界中のどんな人とも6人(または7人)の知り合いを介してつながっている」と言われます。その話のもととなっているのが、スタンレー・ミルグラムが1960年代に

ハーバード大学で行った実験です。ミルグラムは、160通の手紙を出した(知り合いの誰かで、その人に一番近そうな人に手紙を送るよう依頼する)のですが、すべての手紙が6段階(6人)を経て届いたのです。ちなみに1970年に彼自身による補強実験が行われ、ランダムに選んだロサンゼルス在住のピンク人(白人)からニューヨーク在住のブラウン人(黒人)に向けての手紙でも同じ結果が得られました(米国には激しい人種差別がありますが、それは結果に影響を及ぼしませんでした)。

 

その他にもWEBページでの「ケビン・ベーコン指数」を取り上げています。共演した俳優つながりで、ケビン・ベーコンンまで何人経由すればつながるかというゲームですが、平均するとすべての俳優からケビン・ベーコンまでは2・896人(約3人)でつながります。ちなみに、これはケビン・ベーコンだけに限った現象ではなく、例えばキアヌ・リーブスとアーノルド・パーマーも3人でつながります。

 

なぜ、「世間はこんなにも狭いのか」という理由を数学的検証も含めながら本書は解き明かしていくのですが、そのキーワードは「クラスター」と「リンク」です。隣り合った存在と密に結びついた「クラスター」と、超特急のようなスピードで離れた存在まで飛んでいく「リンク」とが、丁度よく配置されることによって「スモール・ワールド」が形成されるわけです。

 

このスモール・ワールドは河川の分布をはじめとする自然現象にも多数見られます(フラクタルもその一つといえます)がその典型は人間社会であり、インターネットがまさに縮図です。

 

この分野の研究が、(壮大な実験・検証を行える)インターネットの普及と、繁雑な計算を行うコンピュータの性能の向上と絡み合って発展してきたのは偶然ではありません。

 

<8割の富が2割の金持ちに集中する>

 

後半では、<8割の富が2割の金持ちに集中する現象>とスモール・ワールドとの関係に言及します。発展途上国では9割が1割に集中するかもしれませんし、口先で平等を唱えるチャイナやロシアなどの共産主義国家ではもっとひどい状況でしょう。

 

しかし、先進国においても一部に富が集中するのは明らかであり、歴史的にもそれが当然のこととされてきました。著者はこの現象は、<王様が強欲だからではなく、企業家が悪徳だからでもない>とし、それは「スモール・ワールド」の科学的・数学的必然であるとしますが、私も同感です。

 

また、通常のビジネスの基本である<交換」においての貧富の差の広がりよりも「投資」のリターンによる貧富の差の広がりのほうが遥かに加速度的であるという視点も興味深いものです。

 

もちろん、個々の投資においては損をすることも得をすることもありますし、特に先物・オプション・FXなどのギャンブル的な取引では統計的に判断して、ほとんどの投資家は損をしています。

 

しかし、(現物の)株式市場や事業などでは歴史的に見て(数十年単位)、必ずパイが増えています。先物などのゼロサム市場と違って、(パイそのものが増える)<プラスサム市場>なのです。

 

ですから、長期間にわたって多額の余裕資金を株式市場(事業)などの成長市場に投資できる金持ちは益々金持ちになりますし、金持ちによって安定的な資金を供給された企業は(数十年単位)、大概価値が増大しています。ですから、長期間にわたって多額の余裕資金を株式市場(事業)などの成長市場に投資できる金持ちは益々金持ちになりますし、金持ちによって安定的な資金を供給された企業は繁栄し、雇用されている従業員たちも恩恵を受けるのです。

 

「金持ちを貧乏人にしても、貧乏人が豊かにになるわけでは無い」というのはマーガレット・サッチャーの有名な言葉ですが、自然の摂理に反しても物事はうまくいきません。

 

不平等の緩和ということであれば「課税」による調整が最も有効であり、著者も同様の考えです。しかし、この手法も世界的に「課税」をしないのに「ばら撒き」を行う(民主主義では政治家はそのようにする圧力を常に受けている)ことがはびこり、財政赤字が膨らみ続けています。

 

しばしば、「お金は寂しがり屋だから、仲間のお金が集まっているところに行きたがる」と言われますが、スモール・ワールドの理論で、この現象も明快に説明できます。

 

<氷はいつから水になるのか?>

 

最近、宇宙の「真空崩壊」⦅つまり宇宙の破滅はそれなり(といっても小数点以下かなりゼロが並びますが・・・)の確率で起こりえる⦆という議論が盛んになってきたこともあって「相転移」という現象が注目されています。

 

簡単に言えば、同じ水分子なのに0度で氷から水になり、100度で水蒸気(気圧によって異なる)になり、さらにはるか高温にまで熱するとプラズマになることです。

 

この現象においては、水の分子やそれを構成する原子そのものは全く変化しません。それぞれの粒子(分子・原子)のつながり方(リンク)に変化が生じるだけなのです。変化する際の温度は違いますが、この相転移はこの世の中の物質すべてに当てはまる現象です。

 

実は、この「相転移」は人間社会、市場やインターネットでも頻繁に起こっているのです。例えばある歌手が全く同じ歌を歌い続けているとある日突然世界的にブレイクしたり、インターネットの何気ない記事がある日を境にアクセス数が急増するという現象も「相転移」を用いて説明することができます。

 

これは蝶の羽ばたきの連鎖がある一定のポイントを超えると台風になるという「複雑系」の話にもつながりますが、問題はそのポイントをどのように見つけるかということです。

 

本書ではその具体的な方法に言及していませんし、現状でそれを見つけ出すのは大変困難な作業です。また、万が一見つけ出すことができたとしても、世の中は常に変化していますから、次はまた一からやり直さなければならないでしょう。

 

それでも、人間社会、市場、インターネット等においては、ある一定のポイントを超えると「相転移」を起こし、構成要素(例えば市場の参加者)が何も変わらないのに性質が全く変わってしまうということは、投資家、経営者、ビジネスマンなどが必ず理解しておかなければならないことであるといえます。

(文責:大原浩)

 

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