「ドラッカー18の教え」 第10回  人間には人物を見分ける能力など備わっていない

富を生み出すことができるのは人間だけである

「富を生み出すことができるのは人間だけである」。まったくその通りです。どれほど優れた機械やソフトウェア―でも、まず「人間が意志を持って機械やソフトウェアアーをこの世に誕生させなければ、それらの製品そのものがこの世に存在しない」ということになります。つまり、それらの製品にとって人間は「創造主=神」ということになります。もちろん、それらの製品は、人間が意図をもって作動・運用しなければ、何の富も生み出さず、単なる物体にしかすぎません・・・

また、地中に眠る原油や鉄(銅)鉱石でも同じことです。地下資源は、地球の歴史の中で数千万年、数億年単位で存在していましたが、人類がたった数千年前に文明と呼ばれるものを生み出すまで、それらの地下資源はただ存在するだけで経済的価値など全く存在しませんでした。もっといえば、それらの地下資源が現代のように重要な意味を持つようになったのは、せいぜい数百年ほど前からの出来事です。もちろん、地下資源の性質に何らかの変化があったわけではありません。人間(社会)が変化したことによって、地下資源の経済的価値が大きく変化したのです。

人間ほど厄介なものは無い

したがって、地下資源や機械などと違って、「人間の頭の中で生み出され保管される」知識が経済の重要な要素となる知識社会において、「人間だけが富を生み出すことができる」とドラッカーが主張するのも当然のことです。

そして、その「唯一富を生み出す人間をマネジメントすることが経営の最重要課題である」ことにも疑いの余地がありません。

しかし、その経営・経済にとって最も重要な要素である人間のマネジメントほど難しいものは無いということも、ドラッカーの指摘する通りです。しかし、この最も難しい課題を避けていては、経営に失敗します。

人事の責任は全て任命者が負わなければならない

「人間」というキーワードで組織を考える場合、最も重要かつ目立つマネジメントは「人事」でしょう。一般従業員だけではなく、役員にとっても自分自身の人事は仕事をするうえで最大の関心事でしょうし、さらには、同僚、上司、部下の人事も大変気になるはずです。しかし、その人事がなかなかうまく機能しないことが、マネジメントが成功しない最大の原因です。マネジメントは「誰をマネジメントするのか」が始まりですが、そこでつまずいてしまっては、すべてが前へ進まなくても当然です。

現在行われている大半の人事の最大の問題点は「任命された側に人事の責任を負わせる」ことにあります。例えば、A氏が営業部から経理部へ人事異動を命じられたとしましょう。もし、A氏が思ったほど経理の仕事で実力を発揮できなくても、それはA氏の責任ではありません。もちろん、A氏は任命された経理の仕事に全力を尽くすべきですが、もしA氏に経理の仕事を遂行する能力が欠けているとしたら、いくら努力をしてもそれはほとんど徒労に終わります。

「欠点は無視して強みに集注せよ」というドラッカーの言葉を思い出してください。A氏が得意なことでは無く、不得意なことを仕事として与えたのは、100%任命者の責任です。ですから、A氏が経理の仕事に不向きなことが分かったら、任命者は速やかに新たなる(A氏が得意とする分野の)部署への人事異動を行わなければなりません。

ドラッカーが大事なことであると指摘するのは、その際にA氏に対する降格や減給などの処分を一切行ってはならないことです。人事の失敗は本人の責任ではないからです(もちろん、人事に起因しない仕事の結果に対する評価は厳密に行うべきです)。

残念ながら、「人事の失敗は任命者の責任である」という考え方が浸透していないため、往々にしてA氏のような人物は「仕事ができない」とのレッテルを貼られ、冷や飯を食うか場合によっては離職してしまい、組織の活力をそぐ結果になってしまいます。

繰り返しますが、マネジメントの基本は「強みに集注し弱みを無視すること」であり、人事も「人材の強みを最大限に発揮させる」ことなのです。

人物は10年経たなければわからない

それでは、人事の担当者はそれぞれの人材の特性・性質を正確に把握し、それぞれの人材の能力にぴったり合うように、神が行うがごとき人事を行わなければならないのでしょうか?

いいえ、全く逆です。ドラッカーは、そのような完璧な人事を行うことは不可能であり、そもそも「人間には他人を評価する能力など全く備わっていない」とまで言っています。

そこまで言い切るのは少々過激かもしれませんが、ドラッカーの主張したいことはよくわかります。私自身の経験でも、人となりを知るには少なくとも10年以上懇意に付き合ってみる必要があるという結論に至っています。

「人間に他人を評価する能力が無いのなら、いったいどうやって人事を行うのか?」。素朴な疑問です。答えは「人間には他人を評価する能力が無いということを前提に人事を行う」です。つまり人事はうまくいかないことがあるのが当然であり、失敗したら速やかに対処できる体制を整えるということです。

最初は何らかの基準で人事を行うにしても、その人事には当然間違いがあり、間違いがあったら、すぐさま修正(改善)するということです。

一番危険なのは「自分には人間を見分ける眼力がある」と密かに考えている担当者です。自分の判断に自信を持っているため、間違いに気づくのが遅くなったり、人事の失敗を任命を受けた側に押し付けてしまいます。

「人事は失敗するもの」という現実を受け入れて、自らの失敗を素直に見つけて対処するのが最高の担当者と言えます。 

新しい人材に新しい仕事をさせてはいけない

専門的能力を持った人間をスカウトすることは珍しくありません。組織の既存の能力にないものを獲得する、あるいは既存の能力をさらに拡大するために効果的な方法です。

しかし、注意しなければならないのは、ドラッカーが指摘する「新しい人材に新しい仕事をさせてはならない」ということです。

例えばスカウトした人材は、実際に仕事をしてもらうまで、本当はどのような人物かわかりません。したがって、すでに内容が確立した仕事を任せるべきです。仕事内容が確立していれば、人物・能力の評価も比較的簡単にできますし、もし何か問題が生じたときも比較的簡単に対処できます。

ところが、新規事業などの新しい仕事にスカウトした新しい人材を任命すれば、「新しい事業」と「新しい人材」という二重のリスクを負うことになります。しかも、新しい人材は、既存の組織との文化の共有もできておらず、コミユニケーションに問題が生じる可能性が高く、新事業においては大きな障害となりえます。

世の中では、新規事業の責任者に(その分野の専門家である)新たにスカウトした人材を任命することがありますが、そのような事は決して行うべきではありません。

<文責:大原浩>

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