研究論文:「国富論」と「道徳感情論」に還る【経済学ルネサンス】<第3回>(全3回)

研究論文:

「国富論」と「道徳感情論」に還る【経済学ルネサンス】<第3回>(全3回)

 

 

<人間の持つ多種多様な感情と社会・経済>

さて、次に「道徳感情論」について述べる。

現在では、アダム・スミスの著書といえば「国富論」の方がはるかに有名だが、彼が生きていた時代には本書の方がはるかに世の中に広まっていた。本書が修正を加えつつ6版まで重ねたのに対して、「国富論」は本書が版を重ねる間に、本書の一部をより詳しく論じる形で、付加的に出版されたと言ってよいかもしれない。

近代経済学(古い経済学)においては、「合理的経済人」なるものが想定され、個人=個体の利益が最大になる最も効率的な行動をとるとされている。そして、アダム・スミスが国富論で述べる「見えざる手」が、「人間の利己心」の集合体であると解釈している。たぶん一般にもそのように考えられているのであろう。

確かにアダム・スミスが、人間に利己心が存在することを認め自然なこととしているのは事実である。しかし彼が、「<自然>が与えた人間の根源的資質=本能」として考えているのは、(自分に何の利益ももたらさない)復讐心、(他人をうらやむだけの)嫉妬心、(自分に何ももたらさない無償の)他人への感謝など極めて多種多様なものである。

そもそも、スミスは28歳でグラスゴー大学の「道徳哲学」の教授としてスタートした。決して経済(学)の専門家ではなく、むしろ「人間(性)の本質」に関して常に考えていた人物だったのである。ちなみに、2002年に「行動経済学」の分野でノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマンは「心理学者」だ。経済の本質を理解するためには人間に関して深い洞察力を持つことが必要だという象徴的事例であろう。

スミスは、ある意味「人間経済科学」の源流をつくったといえるかもしれない。「道徳感情情論」で述べられている内容は、人間心理を非常に鋭く観察しかつ系統的に一つの体系として理路整然と述べられている。

<「共感」=「同調」によるネットワーク>

また、極めて重要なのは、人間の心理と行動は<強い社会性>を帯びているということを断言している点である。

いわゆる「合理的経済人」は、自分(個人=個体)のことだけに基づいて損得を判断するということになっている。しかし、スミスが述べる「<自然>が生み出した人間」は、<他人の目>を重要な判断基準にする。

日本は強烈な「同調(強制)社会」で少し息苦しい点もあるが、その「同調圧力」が極めて高い文化とモラル(道徳)の根源ともいえる。

もちろん「同調」を求められるのは利己的であれということではなく、むしろ利己心は押さえるべきであるという同調圧力が働くのである。

同調を求められるのは「社会全体のためになる行為」であり、その同調によって<社会が構成員全体にとってより良いものになる>というわけである。

言ってみれば、スミスが主張するのは「(社会にとって)良き行いが「同調」=「共感」により強化され、同じように悪しき行いが消滅する」自然淘汰的な仕組みなのである。この考え方はダーウィンの特殊(生物に関する)進化論に大きな影響を与えており、スミスの考え方を一般進化論と呼んでよいであろう。

逆に誰かが社会(経済)を設計した(できる)と考えるのは創造説(神がこの世をつくった)を中心とした<中央集権的>な考えだが、その中央集権的な考えの極致である一神教(主にキリスト教)について、第3部の後半で触れている。

無神論者はいまでも西洋社会では差別の対象だが、無実の人々を生きたまま火あぶりにしたり、身の毛もよだつ拷問にかけた中世キリスト教独裁(暗黒)時代の記憶が生々しい時代であったため、スミスの表現はかなり慎重である。

しかし、宗教的モラルは、人間が自然に持つ道徳感情を補強する効果を認めつつも、宗教的な狂信がたくさんの虐殺や戦争を引き起こしてきたことを冷徹に指摘している。

経済も世の中も、単に利己心の集合体ではなく、他人への思いやりやその他の人間的感情も含めた「見えざる手」によって動かされる「市場」によって自律的に運営されるのが最良だというのがスミスの主張するところである。

繰り返すが、スミスが主張する「見えざる手」とは、単なる利己心の集合体では無い。本書で述べられているような、良きも悪しきも含めた、(自然が与えた人間の)「道徳感情」によって自律的にコントロールされるものなのである。

<お天道様に恥じない生き方>

本書を読んで感じるのは、あくまでアダム・スミスは、ギリシャのアリストテレスやエピクロス、ローマのキケロ等に連なる(道徳)哲学者であるということである。

彼は本書の中で、共感=(社会への)同調の重要性を説いている。日本的な表現で言えば「世間様」「お天道様」に恥じない行為こそが、各個人に求められるのだという主張を繰替えしているわけだ。

自分の本能を適切にコントロールすることが、個々人の「徳」を高めるのに極めて重要であり、それができない本能が極端に優勢な人間は、「社会の構成員としてふさわしくない人間」として自律的に排除されていくというわけである。

スミスの定義によれば、自らの利益しか考えない人間は「社会の構成員としてふさわしくない人間」である。そのような利己的な人々は、だれの頭の中にも容易に思い浮かぶであろう。

しかし、スミスが、利己心を他の多くの偽善的哲学者と違って否定はしていないのも事実である。「人間には血が通っていて、良いところも悪いところもある」というのが、スミスの主張の根底にあるのだ。

<人間の「心」を観察する>

ピーター・F・ドラッカーは非常に優れた観察者で、その優れた観察眼で、コンサルタントとして実際の企業の仕事の現場を詳細に観察した。そして「マネジメント」をはじめとする多くの分野で素晴らしい経営理論を生み出したのである。

本書においても、スミスの的確な(内面も含めた)人間観察の鋭さと、その複雑な心理の確かな体系化には驚かされる。しかも、机上の空論を論じるのではなく、目の前にいる人間の心の動きをしっかりと捉えることによってその行動原理を解き明かしている。

「国富論」におけるスミスの「利己心」に関する記述も、この根本的理解が無ければ全く理解ができないはずであり、それを怠ってさもわかったような顔をしている経済学者はもちろん偽物である。

そもそも、本書の冒頭は「人間というものをどれほど利己的とみなすとしても、なおその生まれ持った性質の中には他の人のことを心にかけずにはいられないなんらかの働きがあり・・・」という一文から始まっている。

<利己心の塊=金で動く>人間が経済(市場)を動かすなどという妄想を抱くのは、その理論を構築する経済学者たちが、まさにそのように公徳心の無い「社会の構成員としてふさわしくない人間」だからではないかと思う。

もちろん、私自身も「社会の構成員として劣った人間」である銀行員であった時期があり、さらには銀行員・証券マンや投資家を数多く見てきたが、彼らの利己的な行動が長い目で見てそれぞれの個人の成功に必ずしも結びつかないというケースを多く見てきた。

特に投資において、単純な利己的行動の成功確率は極めて低いのが現実である。私は「投資のアドバイスをお願いします」といわれると「まず禅寺で修行してきてください」と答える。

自分自身の心(利己心)をきちんと制御できない投資家が成功するはずがない。もちろん、投資をするということそのものが利己心に基づいているわけだが、その利己心を抑え理性で判断するべきなのである。そうしなければ、他人や市場ではなく、自分の欲望によって地獄に突き落とされる。

ところが、ほとんどの投資家は本能のままに投資を行いいつも損をしている。ウォーレン・E・バフェットが、世界一の投資家として成功できたのは、投資(企業分析)の技術もさることながら、自分の欲望をコントロールできる強力な自制心があったからなのだ。 

<大阪城を建てたのはだれか?> 

筆者が小学生のころはやったなぞかけがある。「大阪城を建てたのはだれか?」というものだ。地元大阪では太閤秀吉はとても尊敬されているから、大概の同級生が「豊臣秀吉」と答える。もちろん、私もそのように答えた。

しかしこのなぞかけの落ちは「ブー。残念でした!大工さんに決まってるじゃない!」というものである。

このなぞかけは、今でもしばしば思い出す。そして、「大阪城を建てたのは大工さんだ!」という言葉の重みは、歳を重ねるごとに強く感じるようになっている。

いくら豊臣秀吉が優秀でも、一人で城の石垣を積んでいたら、門の石垣の巨石一つ動かせない。豊臣秀吉がすぐれていたのは人々の「共感」をうまく活用するすべを知っていたところにある。「墨俣一夜城」や「中国大返し」などの逸話は、秀吉が巧みに「共感」をあやつった実例である。

<臨界を超えると「革命」が起きる>

物理学における分子や原子の存在を個々人の人間に例えてみよう。分子や原子はいろいろな手段で「力」を伝えあっていて、そのネットワーク間の力のやり取りによって、原子や分子の配列が変わり、個体の氷が液体の水になったり、液体の水が気体の水蒸気になりさらには(物質の第4の状態といわれる)プラズマに変化する【相転移】という現象を起こす。しかし、それぞれの分子や原子の性質にその間一切変化は無い。

人間社会においても、【共感】という個人の脳同士をつなぎ影響を与え合うシステムによって「個々の人間は変わらない」のに社会そのものが大きく変動し、場合によっては革命的な出来事が生じる。

相転移も含む「臨界」の考え方では、ある一定の閾値(ブレイク・ポイント)までは、多種多様な動きがその集団(組織)に与える影響はまったく無いかごくわずかである。ところが、臨界点に到達すると「あるたった一つの砂粒や雪の結晶」がまさに「雪崩」のように集団や組織を動かす。

ただ、この一粒がどの一粒なのかは複雑系で有名である「一匹の蝶の羽ばたきが台風を起こす」という話と同様に、事前どころか事後にさえその「決定的な一つ」を特定するのは困難である。

人間の【共感】もその一つ一つをある程度分析することは可能だが、どの「決定的な一つが」、社会・経済、さらには市場の雪崩を起こすかを特定するのは難しい。

アダム・スミスは、「国富論」よりも先に「道徳感情論」で、この人間の脳同士をつなぐ極めて巧妙な【共感】というネットワークについて延々と論じたのに、その後の暗黒時代においては、この重要な部分がかえりみられなかった。

今迎えつつある【経済学ルネサンス】では、この共感こそが最も重要な研究課題である。

すでに述べた様に、臨界における動きを特定するのは困難だが「時間軸」によって【共感】の動きを順次追っていくことは、インターネットなどが発達した今日では決して難しくない。

いすれにせよ、たった一人の英雄や、立派な学者が考えた政策によって世の中がうまくいくわけで無いのは確かである。

 

(了)

(文責:大原浩)

 

 

◎本論文の執筆にあたっては、

国富論 (上)(下) 国の豊かさの本質と原因についての研究

アダム・スミス 著、 山岡洋一 訳 日本経済新聞出版社

道徳感情論

アダム・スミス 箸、村井章子+北川知子訳、日経BP社

歴史の方程式 科学は大事件を予知できるか

マーク・ブキャナン 著、水谷淳 訳 早川書房

繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史

マットリドレー 著 柴田 裕之,‎ 大田 直子,‎ 鍛原 多惠子 訳 早川書房

などを参考とした。

 

その他の参考書籍については、「人間経済科学研究所」HP<参考書籍等一覧>および

大原浩ブログ

https://ameblo.jp/toshino-ochan/?frm_id=v.mypage-ameblo–myblog–blog

の「備忘録:読んだ本」などを参照。

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