中国治乱興亡サイクルに歴史的変化

中華人民共和国は今年10月に建国70周年を迎えました。秦朝以降の中華統一王朝の平均寿命が150年弱であることを考えれば、まだ若い成長期の国家とも言えます。とはいえ、歴代王朝の中には数十年を待たずに滅びたものも珍しくはなく、一方で10世代に相当する300年を超えて命運を保った王朝はほとんどありません。

良く知られるように、中華王朝は治乱興亡のサイクルによって歴史を彩ってきました。荒廃した国土に新王朝が建国されると社会は安定を得て発展し、やがて繁栄期を終えると国が乱れて反乱や外患を招き、命運尽きた王朝を倒した者が新たな国を建てます。

直近のサイクルが始まったのは20世紀の初めに清帝国を打倒した辛亥革命です。軍閥が割拠する中で周辺異民族である日本の介入を交えた40年近い内戦を経て、中国共産党による統一国家が成立しました。

近代以前のチャイナでは、概ね治乱興亡のサイクルに合わせて人口の膨張と崩壊を繰り返しました。建国から数世代の間は、農地開拓や商工業の発展が進み人口が増加します。しかし、人口増大のペースが経済発展の速度を上回ると食糧の配分に支障が生じ、更に気候変動が重なった場合は飢餓が深刻化します。チャイナの社会では伝統的に公共の福祉より血縁の扶助を優先するため、富は権力を持つ官僚やその取り巻きの一族に集中する傾向があります。景気の拡大時には大衆にもそれなりに分配があるものの、経済状況が悪化すると財貨を確保できる官僚らに比べて一般人民の生活水準は著しく低下し、反乱の頻発を招きます。

歴史上気候の寒冷化などに起因する農業生産の低下や疫病の発生によって人口が大きく減るという現象は、欧州などでも広く見られます。しかし、チャイナの人口変動は同時代の欧州と比べても規模が大きく、社会の混乱がより激しいことを示しています。とはいえ、王朝滅亡を伴う社会の変動が必ずしも人口の激減を招くわけではなく、中世の温暖期(10~14世紀)に発生した唐朝滅亡から五代十国の混乱期の人口推移は増加傾向を維持しています。一方、小氷期(14~19世紀)の間に起こったモンゴル帝国の世界征服とその崩壊や明末の混乱では、典型的な人口崩壊が見られます。

大航海時代を経た新大陸からの農産物の導入や産業革命を通じて、欧州の人口は15世紀以降増加傾向を続けています。チャイナでも厳しく海禁政策を行った明朝に代わった清朝では交易の恩恵もあり人口が増加の一途をたどりました。また、過去最大となった版図の拡大により耕地の開拓も進んだことで、生存可能な人口の上限が著しく上昇しています。

清代初期に当たる17世紀半ばのチャイナの耕地面積は3,700万ヘクタールと推定されています。それが18世紀半ばには5,200万ヘクタールに拡大しました。気候変動の影響もあって19世紀初めには5,100万ヘクタールと低迷しますが、その後清朝末期の19世紀後半までに8,400万ヘクタールに増加し、20世紀半ばには1億800万ヘクタールに達しています。ただし、それを凌駕する人口の急増に伴い、1人当たりの耕地面積は清朝最盛期である18世紀初めの50アールから清末の19世紀半ばには20アールに減りました。清朝末期のチャイナは人民の大半が飢餓に苦しむ状況とまでは言えませんが、富の偏重や欧米列強の侵略に成す術のない政府への不満が大きく高まっていました。辛亥革命の四大スローガンが清朝の打倒や民国の樹立と共に中華の回復と経済格差是正を挙げていることにも、それは表れています。

人口崩壊を伴わずに群雄割拠の分裂となった20世紀前半の中華民国の状況は、10世紀の唐末から五代十国の歴史をなぞるような展開です。歴史のその後の展開はどうだったでしょうか。五代十国の分裂から中華を再統一した宋朝は、外敵である遼や金といった遊牧民族国家に辞を低く接して財貨を贈ることで平和を贖いました。その間に経済や文化が発展してチャイナの総人口は1億人を突破したものの、遊牧民族との盟約に対して不誠実な対応を続けた宋朝は度重なる戦乱を招いて、遂にはすべての国土を失います。

一方、1949年までの内戦を勝ち抜いて成し遂げた建国時から半世紀の自重を続けた中国は現在、直近30年間の著しい経済成長による自信から、米国をはじめとする国際社会に対する不誠実な対応をエスカレートしています。

中国がそうした外敵との軋轢の行き着く先で再び混乱するのは歴史の必然なのかも知れませんが、その後の展開については不透明です。

歴史上のチャイナ社会の混乱や人口崩壊では、持続可能な人口水準まで落ち着くとやがて再び繁栄を取り戻しています。メソポタミアやローマなど古代の文明が農業生産の崩壊した後は立ち直れなかったのに対し、チャイナの農業は必ず復活して経済的繁栄を取り戻してきました。これは南部の穀倉地帯が稲作という連作障害のない作物を基盤としていることと、北部の麦作なども大規模な灌漑を伴わず、塩害や地力の低下を招かなかったためと推定されます。

しかし、建国後に中国が推進してきた農地開発では灌漑が多用されており、1950年頃には1,600万ヘクタールで当時の全耕地面積の15%だった有効灌漑面積は2000年には全耕地面積の半分に当たる5,400万ヘクタールに、そして2017年には全耕地面積の6割に相当する6,800万ヘクタールに拡大しています。灌漑が引き起こす塩害懸念の他にも工業化による環境汚染などの問題があり、中国の農地は近代以前に比べて回復不能リスクの高い状態にあると想像されます。

また、近年の中国の食糧作付面積は1970年代に1億2千万ヘクタールを超えていたものが、政策の影響により2000年代初めには1億500万ヘクタールに減りました。その後の方針転換で回復しているとはいえ、中国政府が目標とする1億2千万ヘクタールに届かないまま、失速しつつあります。穀物生産量もそれを受けて頭打ち傾向ですが、そうした国内生産の不足分を補うための輸入の原資となる貿易収支の黒字も、2010年代半ばにピークを過ぎて現在は縮小傾向です。

食糧生産や調達量の低減を受けて中国の人口支持力が下がる可能性は高いものと想像されます。ただし、地球温暖化が続くのであれば深刻な飢餓や人口崩壊が起こるリスクも大きくはないことを歴史的事実が示しています。

藤原 相禅 (ふじわら そうぜん

個人投資家

広島大学文学部卒業

日本大学大学院で経済学修士

地方新聞記者、中国・東南アジア市場での先物トレーダーを経て、米国系経済通信社で商品市況を担当。子育てのため一家でニュージーランドに移住。台湾出身の妻の実家が営む健康食品メーカーの経営に参画。

商品相場歴30年余。2010年から原油相場ブログ「油を売る日々 (https://ameblo.jp/sozen22/)」を運営。

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