北方領土不法占拠者の四割はウクライナ人である
Facebookで北方領土を不法占拠している島民のうち四割はウクライナ系だということを紹介したら、反響が大きかったので紹介したい。
ウクライナはロシア(=ソ連)に支配されていたのだとか、強制連行されてきたのだろうから責めるのは気の毒といって反論してくる人もいるが、完全な誤りである。
ウクライナは旧ソ連の中核であって被支配者でない
今回のウクライナへのロシアの侵攻は無条件にロシアが悪い。しかし、ここに至るまでの紛争や歴史的事情については、まったく別だ。とくに歴史認識については、ウクライナの主張はデタラメで酷すぎるし、また、日本人がまったく勘違いであることも多い。それどころか、その話に乗っては国益を毀損するとか天に唾することが多すぎる。
そのなかの一つが、旧ソ連=ロシアであるような論理で、日本人もウクライナ人もロシア人の国家である旧ソ連の被害者であるというような気分で同情する人が多い。
ソ連は15の共和国の連邦国家だったが、バルト三国だけは、ベルサイユ体制で独立国だったのを無理矢理併合されたのだから、少し違う。しかし、残りの共和国はロシア人に支配されていたわけでなく、ソ連の構成国だったのだから、ソ連の悪行についてロシアと平等に責任がある。とくに、ウクライナとかベラルーシはロシアと団子三兄弟である。連邦の中でロシアが孤立しないようにロシアとは別の共和国にしたという一面すらある。
指導者をみても、レーニン(本名はウリヤノフ)の父はロシア共和国だがアストラハン出身でモンゴル系のカルムイク人(オイラート系モンゴル人)とトルコ系のチュバシ人の混血だ。母はドイツ人、スウェーデン人、ユダヤ人の混血。スターリンはグルジア人、トロッキーはウクライナ生まれのユダヤ人、フルシチョフはウクライナ人である。
15共和国のほとんどは、ウクライナも含めて、スターリン体制下で人工的に形成されたもので、歴史的に一つの民族や国家の単位だったとはいいがたいものだ。中央アジアなどの人が差別されたとしたら、それはイスラム教徒だからであって、民族に起因するものではない。
日本人は、日ソ中立条約に違反しての参戦と暴虐、シベリア(実はウクライナなどにも抑留されていた)抑留、北方領土の不法占拠等をしたソ連をロシアと誤って同一視しがちだが、ウクライナとその国民はあのソ連の主構成国であり国民だったのである。
とくに、日ソ交渉で頑なに日本への北方領土返還を拒み、いったんは、平和条約を結んだら二島は返還するとしながら、その前言を撤回して永久領有化を進めたのは、スターリン体制下のウクライナ共産党の指導者から出発してスターリンの後継者になったフルシチョフである。
北方領土ではロシア人よりウクライナ人の方が多い
北方領土に住む旧ソ連系住民でウクライナ人が多いと、これまでもさまざまな形で報道されている。たとえば、2015年8月18日の北海道新聞ニュース「国後島でウクライナ出身者ら緊急集会<北方四島映像だより>」では、島民の3人に1人がウクライナ出身者だとしている。
また、北海道大学のスラブ研究所の「21世紀COEプログラム研究報告集 / 21st Century COE Program Occasional Papers No.15」での岩下明裕(北海道大学スラブ研究センター)、本田良一(北海道新聞小樽支社)による「日ロ関係の新しいアプローチを求めて」では、南クリール、クリール両地区執行委員会幹部から聞き取り(1991年前半の取材)として「91年夏の時点で、北方領土の住民はウクライナ人4割、ロシア人3割、残りはその他という割合だった」としている。(P.112)としている。
どうしてそうなったかは、「第二次大戦で主戦場となったウクライナは疲弊していた。北方領土へ移り住んだウクライナ人が多かった事実は、当時、ウクライナが貧しかったということを反映しているのだろう」としているが、これは著者の当てずっぽうだ。
スターリンによってウクライナ人は強制連行ないし集団移住させられたに違いないから本人に責任はないという人がいるが、スターリンが国防などの理由から盛んに集団移住させたのは、戦争中のことであって、時期が違う。
移住者は募集され、通常の2~4倍の高給を目当てにやって来たのである。この時代、ウクライナは飢饉と戦争での損害と人口減少で、不足をロシア人の移住で埋めたとナショナリストたちがいっているのだから、職はいくらでもあったのである。
また、いわゆるシベリア抑留でウクライナに抑留されていた人たちもいる(ドイツ人抑留民が過酷な扱いを受けたのに比べて日本人への扱いは相対的によかったそうだが)。
つまり、日本の返還要求をはねのけるため北方領土をソ連が確保すべく行われた募集に愛国的に応募したのであるから、少なくとも善意の第三者ではない。
どうしてウクライナ人が多いかと言えば、海外との交流が多かったウクライナの人は、故郷を離れて移住することを嫌がらず、欧米にも多いし、在日のロシア人と思われている人のかなりはウクライナがルーツである。また、黒海に面しているので、海に囲まれた島での生活への順応度が高かったのではないか。
彼らの国籍がどうなっているのかは、正確には分からない。というのは、旧ソ連人でずっと同じ所に住んでいる人はいいのだが、引っ越していたとか、混血だとか、夫婦が別のルーツだとかいう人の扱いはややこしく大量の無国籍者も出ているようだし、二重国籍もいる。ただ、もし島民の多くにとって、日本に返還されたときに帰るべき故郷がウクライナである人の割合がロシアの他地域以上に高いのは間違いない。
その意味でも、ウクライナ支援をするなら、北方領土問題について、旧ソ連の一員としての歴史的責任を明らかにし、また、島民の帰還に協力することくらいは、約束してもらっていいのではないかと思うのだ。
岸田総理は参議院予算委員会で、北方領土について「ロシアにより不法占拠されている」と明言したそうだが、もう少し正確に、北方領土は「ロシア・ウクライナ・ジョージアなどによって構成されたソ連軍によって不法占拠された。そのときの指導者はジョージアのスターリンだった。その後、日ソ交渉の際にウクライナ人フルシチョフは返還を拒否した。ソ連解体ののちはロシアが占拠を継続しているが、島民のなかでウクライナ人の比率が非常に多く一説には四割にも上る。ロシアのみならず不法占拠に荷担しているウクライナにも強く抗議したい」というべきであった。
国会で演説させるなら、北方領土のウクライナ人たちに島を離れて日本に返すように呼びかけることを条件にして欲しいくらいだった。
★本レポートはアゴラ(https://agora-web.jp/)より転載いたしました。
★八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授
滋賀県大津市出身。東京大学法学部を経て1975年通商産業省入省。入省後官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。通産省大臣官房法令審査委員、通商政策局北西アジア課長、官房情報管理課長などを歴任し、1997年退官。2004年より徳島文理大学大学院教授。著書に『歴代総理の通信簿』(PHP文庫)『地方維新vs.土着権力 〈47都道府県〉政治地図』(文春新書)『吉田松陰名言集 思えば得るあり学べば為すあり』(宝島SUGOI文庫)など多数。
新刊:『日本の総理大臣大全 伊藤博文から岸田文雄まで101代で学ぶ近現代』(プレジデント社)
「365日でわかる世界史」、「365日でわかる日本史」(いずれも清淡社)
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