予想通りに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」

ダン・ アリエリー 早川書房

 

私が子供の頃、早川書房といえば「SF小説」というイメージであったのですが、最近は「行動経済学」をはじめとする、社会科学系の翻訳本の良書を数多く出版しているようです。ビジネス・経済関連の老舗出版社ではなく、早川書房が「行動経済学」関連をリードしているのは、まさに既既得権の塊である既存の経済学と、ルターの「宗教改革」なみの衝撃を世の中に与えている「行動経済学」との関係を象徴しているのかもしれません。

著者は、当初「心理学」の研究を専門にしており、また、自分自身の大やけどとその治療という強烈な体験と心の葛藤を経験しています。そのせいか、無数の実証実験に支えらえた上で、人間の深い心の奥を描き出すことに成功しています。

ところで、本書だけではなく類書でも、「ワイン通」や「グルメ」のほとんど大部分が味の違いを見分けることができないという事実が明らかになっています。ただ、本書が一味違うのは、事前に「このワインは高級である」とか、「松阪牛のステーキである」と、教えられると、その情報が全くでたらめであっても、実際にそれらをおいしく感じることを証明したことです。

一時期「牛肉偽装問題」が話題になりましたが、松坂牛と偽ってオージービーフを出されたはずの「グルメ」たちが、誰一人クレームをつけなかったのは、本当にそのオージービーフをおいしいと感じたからなのかもしれません・・・

著者は2008年度のイグ・ノーベル賞を受賞していますが、その対象は「プラセボ効果は価格が上昇するほど高まる」という研究です。例えば1箱500円の偽風邪薬よりも、1箱5000円の偽風邪薬の方が良く効く(プラセボ効果)というわけです。

ワインにしろ、風邪薬にしろ「値段が高いから価値がある」と考えたがるのが人間のようです。

そして、最終部分の「人間はどのような時に不正を行うのか」という研究は、ぜひ読んでいただきたい内容です。

<文責:大原浩>

参考書籍等紹介

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「黄金の馬」 パナマ地峡鉄道 ー大西洋と太平洋を結んだ男たちの物語ー

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確率とデタラメの世界 偶然の数学はどのように進化したか

デボラ・J・ベネット白揚社

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たまたま 日常に潜む「偶然」を科学する

レナード・ムロディナウ ダイヤモンド社

 「偶然」にまつわるエピソードを、世の中の幅広い範囲にわたって歴史的に深く洞察した良書です。特に歴史的なエピソードには興味深いものが多く、カルダーノの半生は注目されます。  そもそも、「確率論」や「統計学」は、古代ギリシ .....