偶然の科学

ダンカン・ワッツ早川書房

著者が、YAHOOの主任研究員ということもあって、ネット上のデータ活用による「行動科学」研究についての話が多くを占めています。

IT・インターネットの発展というのは、社会や経済に大きなインパクトを与えたのと同時に、社会学や経済学を大いに発展させました。

社会学や経済学の研究では基本的に再現実験ができない(リーマンショックの研究をしたいからと言って、もう一度リーマンショックを起こすことはできない)ため、学者たちは直感や思い付きあるいは刷り込まれた「常識」で好き勝手なことを言っていたのですが、ネットの発達によって膨大な「人間の行動」に関するデータを手に入れることができるようになりました。

例えば本書で取り上げられている<ダウンロード・サイト実験>。数千人、数万人、数十万人単位の参加者を募ってデータを集めることなど、アナログ世界では莫大なコストがかかるほとんど「夢」であったのですが、ネット上では極めて低コストで実験が可能です・

そのような膨大なデータの分析によって、これまでの「常識」が単なる思い込みであったケースが明らかになってきました。しかし、それら莫大なデータの解析によっても、まだまだ人間の行動を分析し予想するのは、極めて困難であるというのが本書の結論です。

なお、ソニーのビデオデータ(ベータ)やミニディスクの失敗と、アップルの ipad やiphoneの成功を比較して、両社に戦略上の優劣は無かったと結論付けていますが、全く同感です。

アップルの成功は偶然であり、ソニーの失敗も偶然です。我々は、結果を知ってから過去を分析しますから、<成功する理由>や<失敗する理由>が最初からあったように思えるにすぎません。

<文責:大原浩>

 

参考書籍等紹介

『アトムの心臓「ディア・ファミリー」23年間の記録』、映画ディア・ファミリー原作

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「黄金の馬」 パナマ地峡鉄道 ー大西洋と太平洋を結んだ男たちの物語ー

      ファン=ダヴィ・モルガン著、中川 普訳、三冬社 本作品は、子供の頃夢中になって読んだロバート・L. スティーヴンソンの「宝島」を思い起こさせるところがある。子供向けの簡略版であっ .....

確率とデタラメの世界 偶然の数学はどのように進化したか

デボラ・J・ベネット白揚社

 「杞憂」という言葉があります。  中国古代の杞の人が天が崩れ落ちてきはしないかと心配したという、「列子」天瑞の故事から生まれました。心配する必要のないことをあれこれ心配することを意味しますが、「天が崩れ落ちてくる確率」 .....

たまたま 日常に潜む「偶然」を科学する

レナード・ムロディナウ ダイヤモンド社

 「偶然」にまつわるエピソードを、世の中の幅広い範囲にわたって歴史的に深く洞察した良書です。特に歴史的なエピソードには興味深いものが多く、カルダーノの半生は注目されます。  そもそも、「確率論」や「統計学」は、古代ギリシ .....