小倉昌男 経営学

小倉昌男日経BP社

ヤマト運輸創業者の小倉昌男氏は多くの日本人が知る超有名人ですが、本人が書いた文章はそれほど多くはありません。その中で、経営について語った極めて重要な資料です。

まず、小倉氏の経営論の根幹をなすのは「終身雇用の実力主義」です。従業員を雇用することは社会的使命と考え、過去経営危機に直面した時も正社員(組合員)の解雇は一切行いませんでした。

逆に、終身雇用とセットになっていると思われがちな「年功序列」については厳しい批判の目を向けています。能力と実績に基づいた抜擢人事を奨励し、部下がいつの間にか上司になることによる社内の軋轢も、前向きに解消するよう努力しなければならないと述べます。

抜擢人事を行うには、適正な人事評価が欠かせませんが、その点も大いに工夫しています。上司が部下を評価する方式では、恣意性や客観性の欠如などが避けられません。そのため、部下や同僚からの評価を取り入れています。しかも、客観性を確保するために、体操の評点のように、最高得点と最低得点は除外して計算します。

さらに、素晴らしいのは「仕事ぶり」ではなく「人間性=人徳」を中心に評価していることです。仕事の内容の評価は非常に難しく、特に日本企業の場合チームで動くので、個々人の貢献度を算定するのは困難です。また、現在の仕事がうまくいっているのは、前任者のおかげということもよくあります。

その点、チームで仕事をする場合、人徳が高い人が多いほど良い結果が出るのは疑いようがありませんから、非常に優れたやり方だと思います。

もう一つ小倉氏の父親の名言「従業員を愛せ!組合員を叩け!」も小倉氏の経営にうまく生かされています。左翼的な政治活動を行うプロ組合員を排除し、社業の発展とともに幸せになろうと考えている人々とうまくコミニュケーションをとるだけでなく、彼ら組合員を「隠密」の代わりにしたのです。つまり、管理職が保身に走ったり怠惰だったりして、会社の命令を無視したり、場合によっては逆らったりするようなことを、組合員に「ご注進」してもらうというわけです。小倉氏の人柄もさることながら、社業の発展が組合員の利益になると彼らが信じているからこそ成り立つ仕組みです。

<文責:大原浩>

 

 

 

 

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